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2020.07.29

【令和2年の祇園さん⑤】祇園祭にご奉仕を続けてきた宮本組が伝えたいこと

例年ならば、祇園囃子がそこここから聞こえる京都の7月。「京都に夏がやってきた!」と、町に暮らす人が心を躍らせ、皆で「平安を祈る」ときでもある。だが、 新型コロナウイルスの影響で令和2年の祇園祭 (祇園御霊会) は規模を縮小して執り行われることに……。1150年という長い歴史の中でも、異例のかたちで執り行われる”令和2年の祇園さん”をお伝えしたい。 第5回は、江戸期より八坂神社(祇園社)を支え、祇園祭にご奉仕を続けてきた宮本組の組頭・原 悟さんに、その務めと今年の祇園祭への想いをお聞きした。

令和2年の祇園さん⑤

神輿渡御がないからこそ祈りたい

「本来の祇園祭を見つめなおす年になってほしい」と話すのは、宮本組組頭・原 悟さん。宮本組は祇園祭において、神職が行う神事以外の運営全般や神社を支え遂行する。そもそも、お宮の本に住まう氏子だから「宮本組」と名付けられたといわれている。

「新型コロナが広まったことで、いろんなことが中止になっています。そんななかでも疫病退散を願う祇園祭だけはやるだろうと、京都の方は思っていました。にもかかわらず祇園祭中止と誤って発表されたことでよけいに落胆された。そういうときだからこそ、本当の祈りが必要です。大変なときこそ、神様にすがり祈りたい気持ちになるものです。今年は神輿渡御という勇壮な神事がない分、町の方、氏子の方がしっかりと祈りを捧げられる祭にしたい」

町衆たちの想いを叶えるために、神事はかたちを変えて斎行される予定で、宮本組も神社の意向にそって奉仕する。まずは、10日の神用水清祓式 (しんじようすいきよめはらいしき)と神輿洗(みこしあらい)である。

神用水清祓式

「10日の朝に四条大橋の上から鴨川(宮川)の水をくみ上げます。そして夕方に神輿洗の神事です。例年ならば、四若神輿会(しわかしんよかい)が中御座(なかござ)の神輿を大橋まで担いできて、そこで清めの神事を行いますが、今年はそれも叶わず、神輿庫で行います」

ちなみに渡御で中御座神輿を担ぐのは三若神輿会(さんわかみこしかい)で、古くは神輿洗も三若が行っていたという記述もある。だがいつの頃からか、四若神輿会に任されるようになり、中御座神輿に四若の大猿(神輿を支える棒)を付けて行うという。

その後、祭りは15日の宵宮祭(御神霊遷)、17日神幸祭、24日還幸祭と続き、宮本組は神輿渡御(みこしとぎょ)のご神宝行列を担う。

「ご神宝を持たせていただき、列をつくって神輿渡御に付き従うのが宮本組の大切な役割です。神幸祭は八坂神社から御旅所までの間を、還幸祭は御旅所(おたびしょ)から八坂神社までの道のりを氏子をめぐって、勅板を先頭に、矛、盾、弓、矢、剣、箏、琴を持って宮本組が供奉します」

今年は神輿の代わりに御神霊を遷した榊(さかき)を白馬に乗せ、最小限の人数で渡御。17日から24日の1週間、その榊が御旅所に祀られた。そして、18日から23日の間は、御旅所の御分室を御幣に遷し氏子の学区をめぐる神事を行ったが、これは祇園祭の創始以来、初めての試みだという。

「御旅所は、京都の町の方々がお参りに来られる場所です。たとえば、足が悪くて普段はなかなか本殿までいけない方が、この期間御旅所にお参りされます。夜中に無言参り(御旅所に無言で往復してお参りすると願いが叶うといわれる)をされる方も昔からたくさんいらっしゃいました。そして、神輿渡御を行うのは、氏子の区域をめぐる際に、氏子たちに祈ってもらうためです。神輿に対して手を合わせる方は最近少なくなっていますが、神輿が来ない今年は、御旅所にお参りされる方が逆に増えるのではないでしょうか」

氏子に寄り添うことが祇園祭の本分でもある

この連載のなかで、貞観11(869)年に疫病退散を願って行われた祇園御霊会が祇園祭の発祥であることは度々書いてきた。神泉苑に国の数66の矛を立て、神輿を送って国家の安泰、疫病退散を祈ったのだ。

その後、鎌倉、室町、桃山などそれぞれの時代に立ちふさがった苦難を乗り越え、また形式を変えながら祇園祭は継がれてきた。そんななかでも、祇園祭を支える宮本組など町衆の心意気は、変わらず継がれてきたのだ。

明治8(1875)年に八坂神社の氏子29学区(現在は25学区)を組織化した清々講社(せいせいこうしゃ)が誕生。宮本組は、清々講社の第一号に位置付けられ、祇園祭の神輿洗、神輿渡御の神宝行列、神事済奉告祭(しんじずみほうこくさい)などの奉仕を担うこととなった。だが、それ以前から宮本組は活動していたと原さんは言う。

「八坂神社境内にあった祇園町の町人は、明治以前の江戸時代から神輿渡御の先行役を務めており、それが宮本組の祖であるといわれています。祇園祭だけでなく、1年を通して神社に起こるさまざまな問題を解決することが私たちの務めです。それらの役目を担うことが、八坂神社のひざ元にあって商売ができることへの感謝の気持ちだと思っています」

祭はお金がかかるものでもあるから、地元の氏子に協賛金をお願いして集めるのも宮本組の仕事なのだ。たとえ今年のように神輿渡御がなくとも、毎年新調するものもあるし、さまざまな費用もかかる。

「昨年は1150年という区切りの年でもあり、それまでは中御座だけだったご神宝行列を、以前のように3基の神輿それぞれに供奉させていただくようお願いしました。ご神宝を3つの神輿分用意するとともに、約60名いる宮本組の組員が分かれて付き従い、それぞれ別のルートで氏子の町をめぐったのです」

長い間途絶えていたことを復活させるためには、時間も費用もかかる。八坂神社をはじめ、清々講社、三社神輿会などの理解を得て昨年実現にこぎつけたところで、今年は神輿渡御が中止。残念でならないと言う。

「私も若い頃は神輿を担いでいたこともありましたが、親からお前には別の役目があると言われました。最初に宮本組の行列に加わったときは、ただ歩くだけかと気が抜けました。けれど年を経るごとに神輿渡御を執り行うには数多必要なことがあり、宮本組の役目の大切さを知ることになりました」

神輿渡御

親から子へと伝えられる町衆の想い

祇園祭はこういう形でやるべきという決まりはない。それよりも祇園祭とはどういう祭なのか、何を大切にすべきかという1本の筋を絶やさず通すべきだと原さんは言う。

原さん自身も幼い頃から親の背中を見て宮本組の役割や神事を知ることになった。それは宮本組だけでなく神輿会の人たちも同じ。輿丁(よてい、神輿の担ぎ手)の妻がベビーカーを押して神輿に付きそうのは、子供たちに神事に携わる親の姿を見せたいからなのだろう。

「観光客のいない今年は、祇園祭が町衆のための祭であることを認識してもらういい機会です。神輿渡御はなくとも、御神霊が氏子の学区を静かにめぐる今年は、忘れていたことを思い出せる年かもしれません。神職の方はもちろん、私たち氏子や神輿を担ぐ方など皆が心をひとつにすれば、八坂神社の神さまにも、その想いは届くはずです。祇園祭を執り行うことで、新型コロナが収まることが、今は何よりの願いです」

「令和2年の祇園祭」の記事を連載するにあたり、歴史学者の先生、八坂神社の神職様、宮本組や神輿会、山鉾連合会などの皆様のお話を聞かせていただいた。それぞれに立場や想いは違うが、願いはひとつなのだと感じた。「今年こそが祈りの年なのだ」と実感させられた。

TEXT=中井シノブ

COOPERATION=宮本組

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