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2019.10.04

信長見聞録 天下人の実像 ~第十章 三好三人衆〜

織田信長は、日本の歴史上において極めて特異な人物だった。だから、信長と出会った多くの人が、その印象をさまざまな形で遺しており、その残滓(ざんし)は、四百年という長い時を経て現代にまで漂ってくる。信長を彼の同時代人がどう見ていたか。時の流れを遡り、断片的に伝えられる「生身の」信長の姿をつなぎ合わせ、信長とは何者だったかを再考する。

信長見聞録

信長のコトバ:「同じおもさなり、急ぎ候へ」

信長の人生を俯瞰すると、後半生はある意味で前半生の繰り返しだった。違いはその規模の大小だけとも言える。

後半生の最初が義昭の将軍任官で、状況は信秀の家督を継いだ時とよく似ている。織田家当主とは名ばかりで、周囲を敵に囲まれながら尾張全域の支配を目指し戦い続けたように、後半生も全国の敵を相手に戦い続けなければならなかった。

義昭の擁立も前半生の政治の踏襲だった。尾張時代は、国守斯波氏を少なくとも形式的には尊重している。清洲城を奪取した時も、斯波義銀にその清洲城を譲り、自らは北櫓に退いたくらいだ。権威を政治的に利用するためだが、敵対関係になるまで態度を変えていない。義昭の時もそうだった。

入洛の翌年、永禄12年正月4日、将軍となった義昭が仮御所とした下京(しもぎょう)の本国寺を、三好三人衆と斎藤龍興の軍勢が包囲する。上洛戦で信長軍に畿内から掃討されていた三好三人衆に、信長に美濃を追われ斎藤家再興を期していた斎藤龍興の残党が加わり反旗を翻した。その1万の軍勢に対し、本国寺に立て籠もる兵力は2000程度。門前の家々は焼かれ、御所への突入と撃退が繰り返された。

急使が6日岐阜に着く。未曽有の大雪だったが、信長は即座に出陣を決める。常のごとく家臣を待たず、一騎で駆け出したが勝手が違った。馬借たちが言い争っていたのだ。この時の信長の行動が意外なものだった。馬を下り、馬の荷をひとつひとつ点検し始めたのだ。

「同じおもさなり、急ぎ候へ」※

信長は焦っていたはずだ。馬借を叱り、先を急いでも良さそうなものだが、そうはしなかった。大雪の中の困難な行軍を前に殺気立つ馬借の気持ちを理解したからだろう。不平を抱かせたまま出発するより、理で諭す方が得策と判断したのだ。

逆に言えば、それだけこの行軍の成否は重要だった。義昭が討たれれば、都での信長の政治的優位は失われる。重要な局面で感情を抑え、冷静な判断ができるのが信長という人だった。

実際、この雪中行軍は極めて過酷で数名が凍死するほどだった。にもかかわらず、信長は通常3日かかる都への道を2日で踏破し、僅か十数騎の供と本国寺に駆け込んでいる。

幸いなことに、本国寺を囲んだ敵勢は、立て籠もる2000の兵の奮戦と、周辺から駆けつけた細川藤孝や池田勝正などの援軍によって既に撃退されていた。信長は「ご満足斜めならず」と太田牛一は記している。義昭がこの時ほど不安を感じ、信長の存在を頼もしく思ったことはなかったはずだ。

信長は本国寺の守備が手薄なことを反省し、二条にあった斯波義廉の旧邸を改築し将軍御所とすることを決め、2月27日に着工する。信長にしては間が空いたのは、尾張、美濃、近江、五畿内をはじめ14ヵ国から大名、武将を上洛させ工事に協力させたからだ。都の内外から名木名石を集め、御殿は贅を尽くして金銀を施し、巨石は布で包み花で飾り、笛太鼓ではやし立て、信長が自ら指揮して御所の庭に運び込んだ。それは工事というよりも、将軍御所という御輿をかつぐ祝祭だった。

御所が落成すると、信長は例によって早々に義昭に暇乞いをして都を出立する。義昭は涙を流し、御所の門外に立ち、いつまでも信長を見送っていたという。将軍権威を利用したのは事実だが、信長が本心から義昭を支えるつもりだったのも、また間違いないように思える。天下静謐のために権威が必要だからだ。信長は自らがその権威になろうとは考えていなかった。

※『信長公記』(新人物往来社/太田牛一著、桑田忠親校注)93ページより引用

Takuji Ishikawa
文筆家。著書に『奇跡のリンゴ』(幻冬舎文庫)、『あいあい傘』(SDP)など。「物心ついた頃からずっと、信長のことを考えて生きてきた。いつか彼について書きたいと考えてから、二十年が過ぎた。異様なくらい信長に惹かれるその理由が、最近ようやくわかるようになった気がする」

TEXT=石川拓治

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