「極限状態の洋上で命を守ってくれる相棒」
世界一過酷なヨットレースと呼ばれる「ヴァンデ・グローブ」。全長60フィートの外洋艇にたったひとりで乗りこみ、どこの港にも寄らず、一度の補給もせずに世界一周を目指して駆け回るーー。2万6000マイル(約4万8152キロ)以上にも及ぶ航程をおよそ90日かけて帆走し、出場者の約半数が途中でリタイア。時には命を落とす者さえ出るという。
「海の上では誰の力も借りられない。トラブルや困難に遭遇しても、自分ひとりの力で対応していかなくてはいけません。そんな状況で最も頼りにしているアイテムが、このセーリングウェアです」
そう話すのは、海洋冒険家の白石康次郎氏。実は取材当日、白石氏はヴァンデ・グローブ参戦の真っただなか。コースの終盤、南米大陸最南端のケープホーンまであと600キロの海上から、衛星通信でインタビューに応じてくれた。
「ヴァンデ・グローブ出場は今回で2度目。アジア人として初めて出場した前回のレースでは、南アフリカ沖でリタイアしてしまいました。なので、今回は完走することを最大の目標に掲げて、世界的なウェアブランドであるヘリーハンセンと一緒に2年がかりでこのウェアを仕上げていったんです」
徹底的な準備が勝利を引き寄せる
前回大会はジャケットとパンツが一体となったウェアで挑んだが、動きにくいという難点があった。なので今回は動きやすさを重視し、ツーピース仕様に変更。白石氏の身体を3Dスキャンで隅々まで計測して約200ものパーツを作り、そのすべてを手縫いで組み合わせていったという。
「生地は4層構造になっていてとても頑丈なのに、身体へのフィット感が抜群で動きやすい。膝の部分にはクッションパッドも入っているので、狭い船上で長時間膝をついて作業しても痛くなりません。本当に着ていて快適なんです」
ヴァンデ・グローブは天候や自然との闘いでもある。赤道直下で40℃を超える炎天下に晒(さら)されることもあれば、南極付近で嵐に遭遇し海水を全身に被ることもある。そんな身も心も凍りつく寒さも、このウェアを着ていれば乗り切れるという。まさに、白石氏の命を守る相棒といえる存在だ。
また、レザーマンのマルチツールはペンチやナイフ、ノコギリ、ドライバーなどが1本に収まった、セーラーにとってはマストアイテム。白石氏が愛用しているのは一部のパーツをカスタマイズした特注品だ。
「スーツのポケットに常備しているのに加え、船の中にも計3本を持ちこんでいます。船が横転した時にも使えるように、床下にも置いてあるんですよ」
昨年の11月、出航直後にメインセールを破損するという思わぬトラブルに見舞われるものの、自ら船上で1週間かけて修理し、無事にレースに復帰することができた。ゴール予想は2月の中旬。完走という目標へ、着実に前進している。
「このインタビューの掲載号が出る頃には、ゴールをしているはず。果たして、結果はどうなっているでしょうね(笑)。今回は前の反省も踏まえて、事前に綿密なシミュレーションを行ってきました。目標の達成に向けて、やれる限り徹底的に準備すること。それが勝利を引き寄せる大事なポイントだと思います。あとは、自分が定めたゴールを決して見失わないこと。そのゴールを達成するために最善だと思う判断をその都度、下していく。それさえできれば、今回のレースは最高の結果が出せると信じています」
Kojiro Shiraishi
海洋冒険家。1967年東京都生まれ。’94年、26歳でヨットによる単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録を樹立。2018年にDMG森精機が立ち上げた外洋ヨットチーム「DMG MORI SAILING TEAM」のスキッパーに就任。
SHIRAISHI’S TURNING POINT
18歳 故・多田雄幸氏に弟子入り。セーラーとしての第一歩を踏みだす。
26歳 3度目の挑戦で単独無寄港での世界一周最年少記録を樹立(当時)。
49歳 ヴァンデ・グローブにアジア人として初出場も、無念のリタイヤ。
53歳 2度目となるヴァンデ・グローブに挑戦。