ファッションとは時代とともに変わるもの、また、千差万別の好みがある。それでも、服をよく知るスタイリストのセレクトには深い理由が。自身の愛用しているものから、各アイテムの選び方から着こなしまで、その神髄を問う。【シン・男の流儀】
「常に変わる」というスタイル
今や日本で一番忙しいスタイリストといっても過言ではない櫻井賢之さん。
「スタイルがある格好いい人たちはたくさんいます。でも、僕はスタイルってものに実はこだわっていなくて。スタイルがあるのは男として格好いいとは思います。でも、ファッションは毎年変わっているんですよ。そういう意味では自分もコロコロ変わっているかもしれない。もちろんスーツにはフィット感、コートには空気感を求めるなど、好き嫌いやこだわりは変わらない部分もあります。それでも、常に変わるというのが僕のスタイルかもしれません。自分に合うものを選ぶのではなく、常に新しくなったものに自分を合わせていきたい」
もちろん、名品や定番もひと通り身につけてきた。
「例えば、名作といわれるものをひとつ取っても、コラボレーションをしているモデルだったり、時代に合わせてアップデートをされているもののほうが今っぽい。その新しさは着せ方や合わせ方かもしれない。それを提案するのがスタイリストとしての仕事だと思っています。なので、たとえ定番でもシーズン毎にアップデートしていくのが、僕の流儀ですね」
流儀1. コートは空気感を纏う
「コートは1枚着るだけで結構絵になるじゃないですか。後ろ姿で語れる。それでも一番大事なのは、空気感。ゆらぎだったり、ドレープ感だったり、コートは空気を纏うことですよ。これは、エルメスのディレクターのヴェロニク・ニシャニアンが僕に教えてくれたんです。このボッテガ・ヴェネタのコートは、ワードローブコレクションというだけあって本当にシンプルで、ある意味いっさい主張がない。それでいて、襟の立て方、ボタンを閉める数、それだけで空気が変わる。いろんな表現ができるトレンチコートこそ、スタイリスト冥利に尽きます」
流儀2. 様式美に自分を合わせる
「身体に合っているスーツ=最上という美意識もわからなくはないですが、僕はいっさいオーダーをしません。デザイン、ディレクションされたスーツにこそ、デザイナーの様式美が表れていると考えています。例えば、このトム・フォードのスーツにもデザイナーが考えた黄金比が完成されている。ラペル幅、肩幅、裾幅、着丈、それらをできるだけいじらないで着るほうが、スーツを着る喜びを感じられます。洋服のベストバランスを維持することで、スーツの持つ色気を最大限引きだせる。数は少なくとも自分に合ったものを見つけるのが楽しいです」
流儀3. 究極のバランス感を求める
「とにかくバランス感が重要ですね。ヴィンテージや本物を突き詰めるみたいなことには興味がなくて。今時のパンツに合うモダンなライダースを選びます。このジル・サンダーのライダースは本当に現代的。匿名性があるのも魅力です。もちろんエディ・スリマンが好きな方が彼のライダースを着続けるというのも、ひとつの流儀だと思います。でも、自分はシンプルで一番モダンなものを選びます。このキレイめなライダースは、スラックスにもスニーカーにもフレアパンツにも合う、今っぽさを意識した究極のバランス感ですね」
流儀4. 決して廃れないモードなデザイン
「もともと、ストレートチップはジョンロブのシティーⅡを持っていたのですが、スーツにしか合わないなと思っていました。昔はひとつのスタイルにしか合わないのがジョンロブでした。でも、このモデルはアウトステッチがあったり、ダブルソールになっていたり、絶妙にアップデートされたボリューム感から生まれる微差だけで、モードの服を網羅できる。モードの服は今の気分なものばかりなので、いつかは廃れちゃうと思っていて。ジョンロブは逆に5 年、10年先のモードでも合う。ネクタイを締めなければ合わない靴ではなく、自由な気分で合わせられる名品です」
流儀5. 絶対ポケットに物を入れない
「手ぶらで仕事ができるということが重要。そして、洋服のシルエットは崩れるので、ポケットに物を入れません。だから、メジャー、サングラス、コンタクトレンズとか必要なものを全部セッティングしてあるんですよ。ただ、ザ・スタイリストバッグみたいなのは嫌で。いかにも実用的なサコッシュやポーチなどでは格好よくないから、こういう細かいところにこそ、いいものを使おうということです。これは、スタイリストでなくても同じ。携帯や財布など必要なものをミニバッグに入れればいい。服のシルエットは綺麗に見せるべきです
流儀6. 人生の足跡を残せるもの
「スタイリストって、現場が終わると形には残らない仕事がすごく多くて。なので、自分のやってきた足跡を残すために買っています。大きな仕事の記念でもいいし、誰かと初めて仕事をした時の記念でもいい。なので、自分のスタイルとは少し違っていてもいいです。あの時こうだったなと思いだせることが大事。記念、記録、歴史、足跡、という感じです。だから、それぞれにエピソードがあります。ロレックスは東京オリンピックの時に。エルメスのシェーヌダンクルは50歳の誕生日に。なのでスタイル云々ではなく、ずっと欲しかったものです」