自然体の佇まいで、新たな歌のあり方を発明する
人懐っこい声で、親しみやすいメロディセンス。難解さやとっつきにくさのようなものはいっさいないけれど、確実に今まで感じたことのないタイプの興奮をもたらしてくれるアルバムだ。
多くの音楽関係者が絶賛した『AINOU』から約3年半、中村佳穂のニューアルバム『NIA』はその自由闊達なセンスが全方位に発揮された一枚となった。昨年には細田守監督最新作『竜とそばかすの姫』で主人公のすず/ベル役を演じ、NHK紅白歌合戦にも出場。
一躍その存在を世に知らしめたが、あくまでそれは彼女のほんの一面。その本領は、ジャズ、R&B、民族音楽などジャンルにとらわれない発想と、喋り言葉と歌がシームレスにつながる自然体の佇まいでみずみずしい歌を生み出すシンガー・ソングライターとしての卓越した音楽の才能にある。
新作は、石若駿をドラムに迎えテクニカルで性急なリズムと歌声が交わる「さよならクレール」、ピアノを軸に多彩な楽器が絡み合い壮大な情景を描きだす「MIU」、西田修大とゲストの君島大空による2本のギターの音色と繊細な歌声が響く「Hank」など全12曲を収録。気鋭の音楽家とともに新たなポップスの可能性を示す快作だ。
Tomonori Shiba
音楽ジャーナリスト。音楽やカルチャー分野を中心に幅広く記事執筆を手がける。著書に『ヒットの崩壊』『平成のヒット曲』などがある。