幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお、頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。
「海がきこえる」レビュー
皆さん、いかがおすごしでしょうか、どうもジブリ童貞です。……いかがおすごしでしょうか?じゃないですよね……新型コロナウイルスの影響でこれまで経験したことのない日常を送っておられると思います。私も自宅にこもり、これが家族と身の回りの人たちを守ることだと思って、自宅リビングでジブりながらこの原稿を書いております。このジブリ童貞のジブリレビューが少しでも皆さんのお暇潰しになればと、いつもより多めにジブって(繰り返し再生して)おる次第であります。
さて、未ジブリ作品は残り2つ。今月は二人の距離感が印象的なジャケットのこちらの作品でジブリました。
「おもひでぽろぽろ」っぽいオープニング、たぶん好きなやつ確定
オープニングからワクワクしてしまったのは、私の中でも大好物ジブリだった「おもひでぽろぽろ」の空気が漂っていたからなんですが、たぶんこれは好きなやつ、好きジブリだなと直感しました。
このジブリ童貞レビューの連載も終盤なのでこの際言ってしまいますが、やっぱり自分は宮崎流ファンタジーよりこっち派(リアルヒューマンドラマ派)でした……。これはもう、パン派かご飯派かみたいな後天的な話というよりは、お尻を拭く時に前から拭くか後ろから拭くかぐらいの、そもそもの骨格からの違いだなと諦めております。
一応自分も漫画描きの端くれですが、空想ファンタジーなお話を作るのは苦手でして、このジブリ童貞を通して自分の属性を知れて公私共に腑に落ちたというか……とにかく、「海がきこえる」はそんな自分が落ち着いて観られるタイプの作品ですね。
現在の主人公が飛行機に乗り、機内のイヤホンを耳に入れた状態から過去に遡って回想に入る感じとか、村上春樹の「ノルウェイの森」が好きな人(ハルキスト)にもグッとくるオープニングかもしれないです。
っていうか、主人公が男じゃん!
「ジブリと朝ドラは、九分九厘快活な女子が主人公なんじゃよ」と、私の父方の祖母の内縁の夫(ほぼ他人)も生前よく言っていたのですが、意外や意外、「海きこ」は等身大の男子学生である杜崎 拓君が主人公でした。
それだけでもう引き込まれてしまうのですが、杜崎 拓君は特別な能力もなく、ものすごく平凡なんですよ。主人公感がそこまでなく、どっちかと言えばちょっとモブっぽい。ナレーションも杜崎君だし杜崎君目線で話は進むのですが、なかなか物語の中心にいない感じというか、ちょっと地縛霊的な視点で語られていくんですね。
でも、どうせそんなボーイがガールにミーツするんでしょ? と思って観続けるんですが、なかなかヒロインの転校生・里伽子(ローマ字表記するとRIKACO)と二人で頬を赤らめるような展開にならないんですよ。明確な告白のシーンとかがゼロのまま進んでいくし、最後までない。斬新。
むしろ冒頭は、里伽子(RIKACO)に想いを寄せる杜崎君の親友・松野君との友情について丁寧に描かれるんですよ。あれ? これ、ボーイズラブの話なのかな……?と思ってしまうぐらい丁寧に。
自粛生活中で幼稚園が休みのため、ずっとそばにいる4歳の娘の反応
全く必要のない項目ですが、自粛生活で四六時中一緒にいる娘が一緒に見たがるので、「海きこ」を見たがる娘の反応を簡単にまとめてみました。
’90年代の懐かしい空気を吸っているかのよう
「おもひでぽろぽろ」を灰汁抜きして、よりジブリ臭を消したのがこの「海がきこえる」なんじゃないかと思うのですが、「おもぽろ」では感じなかった"90年代の、ちょっと古い時代の空気を作品全体から感じました。ジブリ童貞が知ったふうなことを言いますが、古さを感じさせないのがジブリの凄いところだと思うんですね。でもこの古さも懐かしくてむしろ好きというか、味わい深い。そういう意味でも「海きこ」はかなり異質なジブリでした。
鑑賞してる途中でだんだんアニメの「YAWARA(1989年〜)」とかを観てた頃にタイムスリップしたような気分になるんですよ。半ズボンで夕飯食べながらボケーっとブラウン管で「YAWARA」を見ている小学6年生の宮川少年が、どうしても頭の中に浮かびます。(……太ってんなぁ〜、宮川少年。その陥没した乳首はちゃんと立ち上がって出てくるから気にしなくていいからな……)
声優が専業声優さんばかりなのも、その懐かし要素のひとつかもしれないですね。やっぱり兼業声優さんのアニメは余計な邪念が入ってこなくて良いですね……。ちゃんと口からその人物の声が出ている感じがする。
やたらとプロデューサー巻きするファッション感覚の人物たちにも時代を感じました。登場人物のほとんどがトレンディな石田純一のコピー人間みたいで。
カルロス・トシキ&オメガ・トライブみたいな肩幅広めのジャケットを、気合いを入れた女の子が同窓会で着てきてホステスさんみたいになっちゃう感じとか、主人公の親友・松野君をはじめ、男性陣はもれなくタックインしまくってるのも良いです。タックインしてる最中のシーンを入れても良かったんじゃないかと思うほど。タックインしないとチンポジが落ち着かない時代、また来るかもしれませんね。最近だとサカナクションがちょっとそんなのやってましたが。
そういうリアルなファッション描写は他のジブリ作品にはない要素だし、なんだか時代の記録映像のようでした。
あれです、TUBEのジャケットを手がけている、わたせせいぞうさんのイラストが動いてる感じ。……え? 誰? って人は「TUBE わたせせいぞう」で画像検索してみてください。納得すると同時に、潮の音がきこえるはずです。ザザァ……。
「海がきこえる」グッズを考えてみた
「海きこ」は本編74分しかなくて(おじさんにとって短い映画は嬉しい)、その関係かDVD・Blu-rayディスクには、当時の制作スタッフたちの1時間近い座談会みたいな特典映像が収録されていました。
ロケ地を巡ったり、刺身の舟盛りとかなんか旨そうなもん食いながら宮崎監督の悪口言ってるような、ちょっと地味な映像ではあるんですが内容は面白いんですよ。そこで鈴木プロデューサーが「この作品の唯一の失敗点は制作予算であり、その回収に時間がかかった」と言ってらしたんですね。
……で、スーパーど素人考えなのですが、もしかしたらグッズにしづらかったってのもあるのかな……? とも思ったので、20年以上前の話だしもう手遅れだとも思いつつ、私の方でグッズ案をいくつか思いついたのでイラストでご紹介しようと思います。大きなお世話ですよね……。本編観てない人からすると意味わかんないでしょうから、なんとなくで見てやってくださいね。
あれ? これ自分の経験をアニメ化したやつ?と錯覚してしまう
おっさんになると学生時代の記憶が美化されたり脳内編集されたりして、どんどん輪郭が変わっていくことってあると思うんですが、だからなのでしょうか、この「海が聞こえる」は、観終わった後、「あれ? これ俺の青春時代の大して面白くない話をアニメ化したやつ?」って気分になるんですよ。「わかる〜」ってのともちょっと違ってて、あれ? こんなこと自分にもあったような……みたいな、なんとも不思議な感覚なんですが。
これも今までのジブリではなかった現象でして。宮崎作品観てても「え? 俺が豚みたいな顔して戦闘機乗ってたの、なんで知ってるの?」とはならないじゃないですか。当たり前か。
この連載、妻も読んでくれているのであんまり深堀りはできないんですが、私も予備校時代にちょっと気になっている子がいたんですよ。ある日、その子の元彼(大学生)が予備校の校舎の中まで彼女を追いかけてきて、たまたま廊下で一緒に立ち話していた私に彼女が「一緒に逃げよ!」と手を引いて、空いてる教室に逃げこんで隠れてたことがあったんですよ。
それまでただの友達だったのが、それ以来、急に気になる存在になるんですが……いや、この話自体が実際に起きた出来事なのか、手なんて繋いでないのかも……ちょっと"おっさんバイアス"がかかっててボンヤリしてるんですけど、この「海きこ」のヒロインの里伽子みたいに、身勝手な女の子が作りだす青春のワンシーンの登場人物にされたことって、モテてようがモテていまいが、男って一回はある気がするんです。男側の勝手な解釈で、自分から巻き込まれにいってるパターンも含めてですが。
主人公の杜崎君とヒロインの里伽子の関係って、終始そんな感じなんですよ。校舎の屋上から大声で告白するような場面もなく、彼女の都合で高知から東京まで付き合わされて、彼女はコークハイ飲んで勝手に寝ちゃって特に何もない夜を過ごしたり、しょっぱいシーンばっかり。身体は大人だけど精神や生きている世界は子供の、まわりくどすぎる恋愛なのかなんなのかわかんない「なんの話やねん」的なエピソードが綴られていきます。
で、この大人子供たちのまわりくどい恋愛模様をハイボール片手に見ていると、自分の青春時代が実際どんなだったかよくわかんなくなるんですね。先にも書きましたが、どこまでが本当でどこからがマイ編集部分なのか、思い出たちがグニャグニャしてくる感じ。……ハイボールがトリス濃い目だったからなのかもしれないですが、杜崎君たちの不器用な恋愛が、リアルなものなのかどうかもよくわかんなくなるんです。
こういうことあったなぁ……いや、あったっけ……? みたいな。観終わって最後に残るのは、ダサい若者だった自分だけ。これがとてもお酒に合うんですね。
……で、このまま結論にいっちゃうんですが、、、、
結論:最もジブリっぽくない、おっさんになってから見るべきジブリ
これぞおっさんになってから観るべきジブリだと思ったんですね。
この作品の終盤にある同窓会のシーンを観て、大人になって会いたいと思える人間ってどんな人だろう? って考えたんですよ。
寂しい話なんですが、私も結婚して子供もいる身となってから、同窓会で会いたいって思える人が今もうそんないない気がするんです。地元岐阜の同窓会LINEグループに入ってた時期もあったんですが、通知切ってましたからね……。そしてたぶん同じく、また会いたいと誰かから思ってもらえてる自信がない。そういう生き方をしてきたんじゃないかと疑心暗鬼になってくるというか。
でもそんな中で、ちょっと会ってみたいなと思えるのは、さっきの予備校時代の、元彼から一緒に逃げたあの子だったりするんですね。不思議なもので、あの子今頃何やってんだろうって、ちょっとだけ思うんですよ。
好きだったのかどうか、恋愛の「恋」の字の一角目だけのような想いが心の隅っこに残っていて、それを死ぬ前に思い出させてくれるのがこの「海がきこえる」のなんじゃないかと。
潔い告白のシーンがないことで、ずっと杜崎くんの気持ちも里伽子の気持ちもラストの同窓会シーンまでわからないんですが、里伽子が来なかった同窓会の帰り道、ライトアップされた高知城を見上げて、杜崎くんの脳裏に高校時代の彼女のめちゃめちゃ口の悪い台詞たちが全部バーっと思い出されるシーンがあるんですよ。それが東京から引っ越してきた彼女が唯一杜崎くんだけにぶつけることができた本音のように見えてきて、杜崎くんは自分の気持ちに気づくんですね。「アイラブユー」を言わせずに「アイラブユー」が伝わってくる演出、凄いです。
自由すぎる里伽子に腹が立つ人もいるかもですが、最後の会釈で時の流れと成長を感じられたら全部丸く収まるので……これは何度も観るジブリだと思いますね、74分と短いし。