幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお、頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。
『猫の恩返し』レビュー
こうして2019年も終わろうとしていますが、皆さんはどうジブっておいででしょうか?
ところで皆さん、年末と言えばM-1グランプリですが御覧になられたでしょうか。かまいたちさんの決勝のネタで、ボケの山内さんもおっしゃってましたが、やっぱりジブリを見てないことって自慢になるんですね…。これからジブリを観ることもできるし、観ないこともできる。その選択権がジブリを観てない者にはあるのだと。
あの漫才を見てですね、なんて面白いんだと思うのと同時に、ちょっと胸にズキっとくるものを感じたんですよ。…あぁ、もう自分はジブリ観ちゃったなーって。今年は高畑勲展で4時間近く館内を一人でウロウロして1万円近くグッズ買っちゃったなぁ…って。正直勿体無いことしたかなと後悔もしていますが(グッズを買ったことじゃなくジブリ童貞を捨てたこと)、まぁここまで来てしまったので…コンプリートまで残りのジブリをとことんジブり倒していこうと思います。コンプリートしたらしたで、今度は別の何か特別な物が手に入ることだってあるかもしれないし…(人の寿命が見えるようになるetc.)。
さて、今月は本当なんとなくなんですが、宮崎駿企画/森田宏幸監督の『猫の恩返し』で年内最後のジブりとさせていただきました。自分が不勉強なだけですが、またも知らないジブリ監督。ジブリってたくさん監督がいるんですね…名前とお顔と作品を一致して覚えていられる自信がないので、トレーディングカードとかになってたら買ってしまうかも。
絵柄があんまり面白くなさそう…
『猫の恩返し』、見始めてまず絵柄がいつものジブリタッチとあまりに違うからか、イマイチ面白くなさそうな感じというか、自分の好みに合わなさそうな予感が画面(42インチ)から漂ってきたので、正直ちょっと心配になりました。あれですね、ジブリっぽい=観たら何かしら得るものがある=面白い可能性が高いって思ってしまうようになっちゃってるんですね…。ブランド物とかもなるべく避けて生きてきたのに、まさかジブリが自分の中でブランド化するとは…。
さすがこんなジブリっぽくない、「ちゃお」の読み切りみたいなタッチのアニメに付き合っている時間は(いつ死ぬかわかんない)おじさんにはさすがにないぞ…と、思ったのが第一印象でした。
寝坊した女学生が飛び起きる→鏡の前で髪だけ結んで朝食も食べずに学校に走っていくというオープニングも、もう何度見たことだろう…。私は妹やお姉ちゃんがいなかったので、自分の中での女学生のイメージは「ノートの文字がキレイ」「缶ペンケースの底にティッシュを敷いている」ってことぐらいしかなく、こんなバタバタした女子は本当はこの世にいないんじゃないかと今でも思っているので…実感のないまま、とりあえず観続けていたのですが、これが5分も経たないうちに面白くなるのでやっぱりわからないですね~…ジブリってすごいな。
活発な女子にラクロスのスティック持たせがち問題
これは偏見かもしれないですが、ある時期から創作の世界において、活発な女子にはラクロスの棒を持たせようとする風潮ってあったと思うんですよ。ある時期っていうのは、おそらくドラマ「じゃじゃ馬ならし」の観月ありささんや内田有紀さんがブレザーの制服姿でラクロスの棒をブンブン振り回してた90年代初頭だと思うんですが、個人的に当時中学3年生(ジブリ童貞と童貞のダブル)だった私にはそれがあんまりしっくりきてなくてですね、「これはまた自分を生きづらくさせる"モテる奴をまたモテさせる流行らせ"なのでは…」と昔からモヤモヤしていたのでした。
その"モヤモヤ棒"とも言うべき、ラクロスのスティックをですね、この物語の主人公・ハルも持ち歩いてるんですよ。
そんなものね、活発な体育会系の部活だったらサッカー、野球、バレー、バスケで良いんじゃないかなと思うんですよ…ラクロスなんて、何もそんなお洒落っぽいやつやらなくても。柔道着を帯でグルグル巻きにしたやつを担いどきゃいいんです。張本勲さんがジブってたら絶対言ってますよ、「喝!」って。あなたの鼓膜に唇ベタづけで。
ラクロスなんてルールも知らないし、そもそも試合自体観たことないし…やってた人まわりに皆無なんですよ。もしかしたらそんなスポーツ、最初から存在していないのかもしれないとも思っていて。
この「猫の恩返し」の中でも、棒を持ち歩いてるだけでラクロスの試合シーンないし…いや、でもあれですね、実際にやってた人やラクロスを考案したエドワード・S・ラクロス氏に失礼なのでこれぐらいにしておきます…個人的に勝手にこじらせていた薄ピンク色の感情(私を倒すならそこを狙って撃つといい箇所)が思わず露出してしまいました、すいません…。あと、エドワード・S・ラクロスなんて人物も存在しません、勝手につくりました、ごめんなさい…。
…じゃあ何だったらいいんだよ、否定するだけで代案出さない人間かよ、…と自分でも思ったのでいろいろと自分なりに考えてみました。
…こうしてイラストにしてみてもダメですね、、、ラクロスを超えられない自分がもどかしい…。武器っぽいのばっかりだし。
ただ、ですよ。このラクロスの棒がですね、(まだラクロスの話すんのかよ…)この「猫の恩返し」が面白くなり始める起点となるシーンの重要アイテムなんですね。ハルが猫たちに恩返しされるきっかけとなる、車に轢かれそうになる猫を彼女が救うシーンなんですが、猫がラクロス棒のネットの部分にスポッと収まる様子がちょっと笑ってしまうぐらい猛烈に可愛いので…ラクロスはそのためだったんかいと、思わずテレビの前で声に出してしまいました。…えっと、ラクロスの話はここまでです。
疲れているのか、猫がおじさんである私の中に入ってくる…
犬派だったんですけどね…おかなしいな。猫をラクロス棒で助けた後、主人公ハルは猫の過剰な恩返しに巻き込まれ猫の国に連れて行かれたりするんですが、そのあたりからワラワラと出てくる猫たちの集団に、ちょっと癒され始めてる自分に気づいたんですね。
疲れてたんでしょうかね…。こんなネコがたくさん出てくる平和ボケしてるような話が妙に滲みるというか…。今年は厄年(本厄)だったんですよ、仕事に身体がついていかないことも何度かあったりしてですね…心臓の検査もしたりもしました。いきなり私ごとを書き始めたついでに言わせていただくと、妻も二人目を妊娠したのはよかったのですが、つわりが一人目よりもひどくてですね、初めてわりと大きめの夫婦の危機的な喧嘩をしたりして。(現在は回転寿司で各自が取った2カンあるネタの1カン同士をトレードし合って食べるぐらいにまで回復したのでもう大丈夫です)
…そんな2019年もやっと終わるのかと、このホッと一息つけそうなタイミングでドドーッと入ってくる猫の大群にですね…なんか癒されてしまってですね…結果最後まで全然楽しめてしまったというわけです。
あと、「ジブリをジブリで例え始めたら終わり」ということわざがあるのをわかっていながら敢えて言いますが、猫たちがお礼の目録を渡しにくる猫王の行列の様子は、高畑監督っぽさがあってそれも良かったです。平成狸合戦とかかぐや姫をまた観たくなる感じ。
これ、今テレビで放送したら、ネットでバズる要素しかないぐらいに猫度の高いアニメなので、猫好きの人はこのレビューを読むのは止めてすぐにレンタルなりAmazonでディスクを買うなりして観た方がいいかもしれません。っていうか、「猫の恩返し」ってタイトルの作品を「猫度が高いからオススメ」って書いてる時点で、たぶんまだ疲れてますね…。
もしかしたらこれ、ジブリが作った「ハングオーバー」的なおバカ映画なのでは?
もしも「鶴の恩返しの鶴が猫だったら?」という、「もしも五木ひろしがロボットだったら」的な、タイトルに沿った大喜利から非日常に入っていくという、敷居がやたら低いファンタジーの入り口があってですね、主人公もノーテンキでほとんど悩んで落ち込んだりしないし、物語も終始誰かが死ぬ臭いも漂ってなくて常にストレスゼロ。
そこに加えて、気持ちがいいぐらいのご都合主義の展開の連続。都合よく聞こえてくる天の声が主人公を次の道筋に誘(いざな)っちゃうし、崩れる壁や崖も他と色が違うからどこが崩れるかわかるユルい材質だし、主人公たちの道を阻む巨大迷路とかも、壁を押し倒したらドミノ倒し的にゴールまでの道ができちゃうし。あ、もうそれでいいんだ…(年賀状って元旦に届かなくていいんだ…)みたいな気持ちになるんですよ。
終盤でハルが「今私、自分の時間を生きてる!」みたいな、自分の生き方について何か気づきのセリフを口にするんですが、観てるこっちは、いい!いい!そんなのいいからさっさと駆け抜けてパーッとエンディングに向かおうよ、ね?みたいな、バカさ(ピュアさ)以外いらない感じ。人生だってその方がよっぽどラクですよね…。
結論:脳味噌を取り外して観ても大丈夫、ジブリにしては珍しい癒しだけでできたカロリー0作品
ジブリというより、NHKで夕方やってるアニメみたいな、忍たま乱太郎を観終わった後みたいな感覚に近いかもしれません。映画っぽく作ってはあるけど、映画を観た気がしないぐらいソフトでサクサクした感じの作品でした。
途中、ハルを助けてくれるキザでイケメンのネコ(男爵バロン)の声が俳優の袴田吉彦さん丸出しなので、一瞬「アパ不倫」のこととか、バロンがカッコイイ台詞を言うたびに余計な雑念が入ってくるんだけど、展開がバカでテンポがやたら良いので、そういうことももういい、いいかげん忘れましょうと、炎上っていうんですか?人を下に見たところで自分が上にあがるわけじゃないんだし…ね?そんなことに時間使ってるうちに主人公のハルちゃんは次の展開に進んでしまうから…で、また猫の大群がワーッと出てなんかドンチャンやってるからそれをニコニコして観てる、そんな映画です。
これって、一言で言えば「癒し」ですよね。「猫の恩返し」は癒しだけでできてる、ジブリにしては珍しくカロリーの低い、軽めの作品。でも思い返してみると、猫の世界の世界観とかジブリ特有の寝言テイストも健在で、ちゃんとジブった感が残るのも良いですね。75分という短さも頻尿のおっさんにはありがたかった。
つじあやのさんの曲もとてもポップで良いですよね。この曲は知ってたけど、Apple Musicでダウンロードして今もリピートで聴いてるんですが、こんなに良い曲だったんですね…。めちゃ爽やか。曲の中に風がめちゃめちゃ吹いている。つじあやのさんの腕の関節がおかしくなるまでウクレレ弾いてて欲しいぐらいずっと聴いてられます。
お正月にこたつに入って、こたつの上に取り外した脳味噌をドンと置いて、ぼけーっと癒されるながら観るには丁度いいジブリなので、皆さまぜひ。
(そう言えばこの作品に登場するタキシード着た男爵バロンって、「耳をすませば」にも登場してたと思うんですが…この話自体が月島雫が書いた小説みたいなスピンオフ的な感じなのかな…?よくわかんないし、そもそも脳味噌を取り外してるので深くは考えないようにします。)
…さて、今年もジブリレビューにお付き合いいただいきありがとうございました!あと5作品ぐらいでしょうか…来年は新作の「君たちはどう生きるか」を劇場で公開初日で観て最速レビューできたら嬉しいですが、まだまだ先でしょうね。来年もこの「ジブリ童貞のジブリレビュー」をどうぞよろしくお願いします! よいお年を~。