役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者のそして映画のプロたちの仕事はある! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!!
血がつながっているからこそ、許せないことがある
滝藤、役者としてキャリアを積み上げてきた自負はあります。しかし、演技とは奥が深いもので、本業の俳優を吹き飛ばす勢いでスクリーンを支配するタイプの方がごくたまにいます。
ミュージシャンの浜野謙太さん、通称ハマケンがそのひとり。思いついたことを組み立てる訳でもなく、瞬間的に本能のままぶつけてくるので、ジャズのセッションのごとくアドリブとアドリブの応酬となり、演じていて実に楽しい。監督がそれでよしとするかどうかは置いておいて、芝居ってこういうことでいいのかなと思わされてしまうほど、不思議な感覚にさせられてしまう。稀有な存在です。
まぁ、彼のことはこの辺にしておいて、この『おいしい家族』、しなやかな感性で示される新しい家族の形に、ふくだももこ監督のセンスが光りまくっております。
この作品は、銀座の化粧品売り場で働くヒロイン(松本穂香)が、母親の三回忌のため離島の実家に戻ったら、お父さんがお母さんに変わっていたという一見ぶっ飛んだ話。
板尾創路さんが顔も髪型もあのままで亡き奥さんのワンピースを着て、甲斐甲斐しく家事をする。そして久しぶりに帰郷した娘に「父さん、母さんになろうと思う。母さんと呼んでもいいぞ」と。あり得ないことなのに不思議と違和感がない。
板尾さんは別にノンケからゲイに変わったわけではない。男性を好きだというのとも違う。震災で被災してこの島に移住してきた、浜野さん演じるシングルファーザーとその娘の窮状を見かねて、お母さん役を買って出た男性なんです。その変化を島の人たちも息子夫婦も、さらに言えば、観ていてすっかり島民気分な私も受け入れているというのに、娘だけはこの状況を受け入れられない! 普段一緒に居ないのに、家族の形にこだわってしまう感じ、滑稽で痛いが、とてもよく理解できる。血がつながっているからこそ、許せないことがあるんだなぁ……。
そんな娘が常識や固定観念を取っ払って父親と向き合えた時……、滝藤、胸があたたかくなりました。
『おいしい家族』
小説『えん』で、すばる文学賞佳作を受賞し、小説家としても注目される1991年生まれのふくだももこ監督の初の長編作。見知らぬ男とその娘と家族になると言いだした父親とその娘の関係を優しく、ユーモラスに描いたもの。劇中、板尾創路演じる父親が作るおいしそうな料理が花を添える。
2019/日本
監督:ふくだももこ
出演:松本穂香、板尾創路、浜野謙太ほか
配給:日活
9月20日より全国公開