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2019.02.08

宮川サトシ ジブリ童貞のジブリレビュー vol.10『ゲド戦記』

幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。

『ゲド戦記』レビュー

「宮川さんは宮崎監督よりも高畑監督派なんですね」

昨年末に漫画家の先輩・田中圭一先生からツイッターでそんなコメントをいただきました。田中先生はアニメにもお詳しいので、私のレビューから、アニメソムリエ的な視点でそうおっしゃってくれたのでしょう。私は、サディストかマゾヒストかを診断する心理テストで、ズバリ言い当てられた時のような、ちょっとだけ気恥ずかしいような気持ちになりました。(マゾヒストなので嬉しくもありましたが……そもそも読んでいただけてたことが嬉しい~)

……確かに、おっしゃる通りかもしれない。私は慌てて自室にこもり、これまでのジブリ童貞レビューをすべて読み返しました。マイジブリランキングの1位は『もののけ姫』ではあるものの、『平成狸合戦ぽんぽこ』『おもひでぽろぽろ』のレビューには、妙に肩入れしているというか……熱がこもっているように感じました。

隣の部屋では妻と娘が昨年末の紅白歌合戦でのユーミンのステージ(録画)を何度も繰り返し見て、『魔女の宅急便』のテーマ曲を一緒に歌っています。

宮崎作品をもっと深く理解しないといけないな、そう思いました。

焼き鳥屋さんだったら、タレ(宮崎)の味をロクに理解もしないで、「ここは塩(高畑)がイイんだよ……」なんて通ぶってるのと同じじゃないですか。……同じじゃないか……いや、どっちにしてもですよ、この連載を続けていく上でこんなにダサいことはないと思うんです。

次はリアル路線ではなく、寝言系ファンタジーを観なければいけない。そう決めた私は、完全にジャケット判断ですが、この作品でジブることにしました。

いつもの宮崎アニメに吹いている風が吹いていない……?

あれ……?なんかいつもの宮崎アニメより、のっぺりしてるな……。観始めて数分で違和感を覚えました。……大将、ダシ変えた? みたいな。行きつけの居酒屋でもそんなこと言ったことないですが。

私ごときの、単行本のカバーイラストのカラーもデザイナーさんにヘコヘコとお願いしてしまうような漫画家が、これからいろいろとわかったようなことを書きますが……どうかご容赦ください、感じたままに書きます。

内容云々の前に、画面全体の色遣いがなんか薄暗いというか、絵筆を洗う水を交換せずに書き続けた水彩画みたいな、くすんだ感じがとても気になりました。

あと、いつもの躍動感がない。王である父を刺した主人公のアレン王子が、もののけ姫のヤックル的な動物にまたがって、野良狼から逃げ回るシーンが冒頭にあるのですが、全く迫力が無いんですよ。いつもの宮崎作品の中で吹いている風が、この作品の中には吹いていないというか……。

全体的な空気感も、観れば観るほど"社会科の授業で見せられるアニメ"のような、"どこかの宗教団体が制作した布教アニメ"のような雰囲気だし……。徹底的なこだわりが細部にまで感じられないんですね。ネチネチ書くのも嫌なので、箇条書きでサラッと数点挙げておきます。

●アレン王子の師となる・ハイタカ(cv菅原文太)がくれるパンが、「パン」とわかる最低限のパンで、いつものジブリ飯にしてはあまり美味しくなさそう。

●お話の展開が用意されていた通りに進むように見えるので、一本道感が否めない。どんな物語も一本道だけど、主人公の行動にもう少し葛藤が描かれていれば、観る側は別の選択をした後の世界をどこかで想像しつつ観続けるので、いくらか一本道感は薄れるのでは……(と、ウチの死んだばあちゃんが言ってたとか言ってなかったとか)

●冒頭で大きな街やお城、大草原が出てくるわりに、中盤以降なぜか世界がめちゃ狭い印象。敵組織の構成員も少なくて、敵城が悲しいほど手薄。

……うーん、気に入ったのでもう一回言いますが……やっぱり「ゲド戦記」の中にはいつもの風が吹いていない。

これは宮崎監督に何かあったな……? 私は気になってなんとなくブルーレイのパッケージを隅々まで見直してました。すると……

ちょっ……これ……え? 監督が宮崎駿じゃない! 吾朗って誰だ……?

(ジブリにそこそこ詳しい妻に聞いて)え! 宮崎駿監督の息子さんなんだ! そうでしたか~……それは失礼しました……!(え~……そんなことあるんだ……)

スタジオジブリって監督が他にもいらっしゃるんですね……2人だけかと思ってました……。

息子さんがいるというのは薄っすら何かの番組で見かけて知ってはいたのですが、助監督的な感じで活動されてると勝手に思っておりました。そうか~ゲド戦記、そういうことか~……なるほどなぁ……。

でもどうしてお父さんと同じような作風の作品に挑戦したんでしょうね……。そういうことをあんまり調べずに真っさらな目でレビューを書きたいので、ググらないままあと4周観たのですが……(暇かよ)

勝手な憶測・邪推で物を申しますが、お父さんと同じフィールドで作品を作るって、相当大変だっただろうな……と想像してしまいました。

比べることじゃないですし、ここに書くようなことでもないのですが、私の父親は株の売り買いが好きで、定年後はずっとパソコンや短波ラジオと向かい合って「売った!買った!」と、証券会社と電話でワーワーやってたんですね。

で、当時大学生だった私にも、四季報(株をやってる人が必ず持ってる会社情報が載ってる分厚い本、鈍器にもなる)片手に勧めてくるので、ちょっと投資してみたものの、やっぱり好きになれず……そもそも親父がやってることをそのままやるのってかなり抵抗あったんですね。「それはアニメ製作じゃなくて株だからだろ!」と自分でもわかってますが、なんというか……親父には反発したくなるのが「せがれ」ってもんじゃないですか。男の子ってそういうとこないですかね。

邪推は続きます。

吾朗監督は本当に心底この物語に興味があって作ったんでしょうか……。ゲド戦記には原作がある上に、パッケージには原案「シュナの旅」by 宮崎 駿とあります。誰かの原作にお父さんのエッセンスを足してジブリで監督するって、どういう気持ちなんだろう?

ゲド戦記にも邪悪なイメージの物体として、宮崎アニメでおなじみの、あのミキプルーンみたいなドベドベの液体(ex千と千尋・カオナシの変異体やもののけ姫の祟り神)が登場するのですが、あれ使っている時ってどんな気持ちだったんだろうとか、余計な心配をしてしまいました。

冒頭にある、結局いまいち回収されない主人公によるお父さん殺しのシーンも、キャッチコピーのひとつ「父がいなければ生きられると思った」ってのも、本人が望んだ物なんでしょうか。詳しくは知らないですが、なんだか胸が痛いです。

自分がその立場だったら堅気の仕事をするか、逆に不条理なギャグを詰め込んだ「真説・風の谷のナウシカ」とかやってお茶を濁して逃げてしまいそうなんですが、この環境下で2時間のアニメ映画をなんだかんだ作り上げた吾朗監督って……相当すごいんじゃないか? とも思いました。むしろその一点に強烈なエネルギーを感じるというか。

結論に入る前に、漫画を挟むのを忘れていたので……今回は短めにジブリ四コマ漫画をどうぞ。


結論:鑑賞後もなんだか虚しくて寂しい、それだけに翌日になっても妙に残る作品
説明不足な部分や、会話で設定を全部説明しようとしてたり、名台詞が(あったかもしれないけど)いまいち残らない、アレン役の声優・V6岡田君の声がボソボソと小さくて、歌舞伎揚食べながら観るとほぼ聞き取れない(食わなきゃいいだろ)……などなど、最後ハッピーエンドで終わったはずなのに、なんだか終始曇り空の下を旅していたような印象の作品。ただ、不思議と翌日もその曇り空感が身体の中に残っていて、仕事していても丸一日『ゲド戦記』のことを考えてしまいました。

たぶんそれは、この作品のテーマのひとつにある「生きることの寂しさ・虚しさ(を受け入れること)」が、ちゃんと色濃く出ていたからだと思うんですよ。なんだか虚しい、寂しい。吾朗監督ももしかしたら虚しさを抱えて作っていたのかな……とか(邪推)。

そんな思いが時間差で覆い被さってきました、5回も観たからかもしれませんが。

ラスボス(ヒール)であるクモは、死と老いを恐れています。ヒロインのテルー(歌めっちゃ上手い)は、死を受け入れて次に引き継ぐべきという思想。その間にいるヒーローのアレン王子は、生きることに怯えている。そういう意味では、ヒーローもヒールも、死に向かって生きることに共通して怯えているんですよ。それだったらお互い優しくできるだろうと、ヒロインのテルーは唄と言葉で伝えている。なぜか最後ドラゴンになっちゃったりするから、そのメッセージが1回目ではわからなかったけれど。

個人的にはこのテーマ、好きでした。

あと、宮崎駿監督にはない描写、キャラクターが驚いたり怯えたりする時に出てくるほうれい線もAKIRAみたいで好みでした。

さて、次回のジブリレビューは?
これまで同様、また読者の皆さまのご意見をいただけたらありがたいです。次に観るべきあなたのおすすめ作品を教えてください。ツイッターやfacebook、Instagramなどで「#ジブリ童貞」のハッシュタグをつけて投稿していただけたら嬉しいです。……次こそ宮崎父のアニメを観たいと思います。

おまけコラム:宮崎アニメでよく見かける「真の名前設定」について考えてみた

ラピュタでもありましたが、登場人物が真の名前を隠して仮の名前で生きているという宮崎アニメによく出てくる設定が、今回のゲド戦記にも出てきます。敵に真の名前を知られると不利になり、大切な人に伝えれば力を発揮するというあの設定です。

市川海老蔵さんの真の名前が「堀越孝俊さん」だと知った時は、特に何も感じませんでしたが……あれですね、ハンドルネームやペンネームにも似てるかもしれませんね。その名前だと強気で発言できるんですが、本名を知られると住所とかバレる危険もあってソワソワし始めてしまう、みたいな……全然違うか。

せっかくなので、私が昔から真の名前を隠してると疑っているキャラクターに、この機会に真の名前を勝手につけたので発表します。

長男だから「一」の文字を入れました。

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