幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。
「平成狸合戦ぽんぽこ」レビュー
平成最後の年の瀬、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
ここ最近、やたらと聞きますよね……この「平成最後」というフレーズ。私なんかはあんまりしつこく言われると「平成最後か……やばいやばい……」と、わけもなく焦ってしまうタチなものですから、だったら今しかないのかな、『平成狸合戦ぽんぽこ』を観るならもう今しかないんだろうな……と、タイトルに「平成」が入ったこの作品をひたすら観賞して過ごしておりました。
ただこの作品、観たことある方はもうご存知だと思いますが…そう、「あらいぐまラスカル」とか「とっとこハム太郎」のユルユル動物アニメのつもりで観たら足元をすくわれる、とんでもない"化け物"アニメだったのです。
タイトルの「ぽんぽこ」は完全にフェイク、実際は子供向けアニメの皮を被った大人のための塩辛アニメ
いくら「平成最後」に惑わされたにしても、なんとも”東映まんが祭り”みたいな作品を選んでしまったな……ぽんぽこ、か……ダルいな……と、Blu-rayが届いてからも開封することなく、どうも食指が動かずにいました。
どうせあれでしょ? ポテッとした体型のタヌキが東軍西軍に分かれて、ワーッと相撲取ったり化かし合いしたりして縄張り争いしてるところに、ジブリ顔の人間の女の子(石田ゆり子顔)が迷い込むんでしょ? で、タヌキ達と関わっていくなかで、人間のエゴ、環境破壊とか自然の大切さみたいなことに気づいていく感じのやつでしょ?……もうね、40年も生きてると嫌ってほどわかってるんですよ、自然の大切さなんて。ただね、こっちも毎日のことで精いっぱいでね、使うティッシュの枚数を意識的に減らすことぐらいしかできないんですよ。こういう作品を観るたびにね、あぁ自分は無力だな……なんて思ったフリをして、また背中を丸めるだけなんですよ……。
……なんて高を括っていたら、全然違ったんですよ! なんだこりゃ。
いや、人間の女の子は出てこないだけで実際内容もそんな感じで間違ってないんですよ。でも思ってたのと全然違いました、作品全体の空気感と、観終わった後に残る物が。
意外と子供向けではない、というより、個人的にちょっとまだ自分の娘(3歳)には見せたくないかな……とは思いました。タヌキたちは可愛いし、動く絵としての表現も豊かでアニメ作品として素晴らしいんですけどね……。
以下、その理由を書き出していきます。
まずめちゃめちゃ伊丹十三作品っぽい問題
全体的に大人向けのシニカルコメディ臭がプンプンしていて、なんだろう……私が知ってる作品で一番近いのが、伊丹十三作品。「お葬式」とか「マルサの女2」とか、ゴールデン洋画劇場とかでもやってたような、皮肉めいた表現が立て続けに描かれていきます。例えば、森の開拓を進める人間を追い払った時に何人か人を殺めてしまったタヌキたちが、一応葬儀の体裁を取って喪に服すのですが、葬儀場の白黒の鯨幕の裏が紅白柄になってるんですね。数匹のタヌキが笑い始めたことから全タヌキ笑いが止まらなくなり、そのままドンチャン騒ぎに切り替わるシーンとか……めちゃめちゃ不謹慎なんですよ、好きだけど!
構成も、タヌキの日常や短い会話劇を繋げて展開していくので、伊丹作品の「タンポポ」を思い出しました。ちなみにタンポポは私の大好きな映画で、子供の頃にジブリ拒絶兄の影響で観させられた、タンポポのなかの「最後のチャーハン」ってエピソード(未見の人はYouTubeでアレしてください)は今も心にエクスカリバーのように突き刺さっていて、もしかしたら私はその辺りから物事を斜めからしか見れなくなってしまって、結果今こんな感じで拗れてるのかななんて思っているので……我が娘には、トトロの方を無限ループで観ていて欲しいかなと思うわけです。
古今亭志ん朝の語りが眠気を誘う問題
ぽんぽこは声優に落語家さんの起用が多く、林家こぶ平さん(現・9代目正蔵)は「タッチ」のキャッチャー役で散々脳みそに刷り込まれてきたので馴染みはあるものの、全編を通して大人の娯楽作品感が強いです。
物語も古今亭志ん朝さんの講談調のナレーションで進むんですが、自分のような古典芸能に疎い人間にはこれが正直眠かった……。この語りを「味」と取るかどうかで風合いは変わってくるとは思うんですが、タヌキの絵柄と動きの可愛さにつられて観に来た娘が、オレンジジュースと思ったら抹茶だったみたいな顔して去っていったので……そういうことだと思います。ただ最後にその若干眠い語りにもギミックが仕掛けてあって、結局参りました! となるんですけどね。
百鬼夜行の描写がアーティスティックで怖すぎる問題
後半、人間たちのニュータウン開発を止めるため、タヌキたちが全霊力? を使って人間が住む団地でエレクトロニカルパレードみたいな、妖怪百鬼夜行の一大幻影作戦を決行するんですが、このシーンがマジで怖いんですよ。
タヌキたちの変幻のバリエーションにもワクワクするし驚かされるんですが、それ以上になんというか……潜在意識にこびりつくような気味の悪い映像なんですよ、前衛的なバンドのMVみたいな。
なんで話題にならなかったのかな……いや、私が避けてただけで、話題になってたのかな……個人的にゾワっときたのが、やたらデカイ福助と人間の膝ぐらいまでしかない小さな阿波踊りの行列ですね。実際私の夢にも出てきましたし、きっと娘が一緒に見てたら面倒くさいことになってたと思います。ただ、とにかくアートです、あの場面だけでも観てほしい。私が糸井重里さんだったら、この作品のコピーは「何がぽんぽこだよ……アートじゃねぇかよォ」にしてたかもしれません……。(実際は「タヌキだってがんばってるんだよォ」)
無数のきんたまを嫁入り前の娘に見せていいものか問題
タヌキといえばやっぱりきんたまだからなんでしょうね……ぽんぽこの舞台も、人間の手によって開発が進む多摩ニュータウン(今私が住んでる近所)なんですが、その「多摩」すら「きんたまとかけてるの?」と思えてくるぐらい、まぁきんたまネタが多発します。
あの大人気漫画「ONE PIECE」のゴムゴムの実を食べた主人公よりずっと以前に、タヌキたちが己のキンタマの皮をめちゃめちゃ引っ張って飛んだり振り回したりして人間を追い詰めていくのですが、その様子は私もイチ男子として非常に爽快でした。ルフィはきんたまの皮は引っ張ってないかもしれませんが……とにかく、きんたまが何の遠慮もなくまろび出まくるので、家族の前で鑑賞していた時は軽く気を遣いました。その時の様子はまた例によってジブリエッセイ漫画にしたのでそちらでご覧ください。
私もきんたまの使い道を考えながら観てたのでイラストにしてみました
結論:ジブリが訴え続けている自然環境破壊のメッセージが一番届く、動物アニメの傑作
人間による自然環境破壊という、とても大切だけどやり尽くされたテーマ。「平成狸合戦ぽんぽこ」のメインテーマもこれだと思うのですが、こういったメッセージを伝える手段って、どの作品もステレオタイプというか、例えばドラえもんの大長編なんかがそうですけど、擬人化した木々のなかに人間の子供が交わって、自然の危機的現状を理解した少年・少女が大人たちに訴える……というものがほとんどだと思うんですね。同じジブリ作品の『もののけ姫』も大きな枠で見れば実はそうなのかも。
そこの作りがちょっと違ったのがこの「ぽんぽこ」でした。
擬人化したタヌキたちの集団の中にカメラを置いて、彼らの生態(ドンチャン騒ぎや恋愛事情、繁殖風景や老い、生き様)をかなりの時間観させて、そこにピュアな子供が紛れ込んだりしないわけです。そうすると観てるこっちがいつのまにかタヌキ側に没入してしまうんですよ。で、後半タヌキがどんどん人間に追いやられてしまって、車に轢かれて命を落とすとか胸の痛むシーンが続くんですが、それをタヌキ側に立って観ることになる。
だから後半ちょっとブルーにもなるんですね……寄生獣にも通じる、一見強い者が実は人間を前にすると弱くて、みたいなお話。
そうなると、心が乾いてしまったおっさんの私でも、やっぱりちょっと考えてしまうんですね、今自分が暮らしている場所は、彼らの縄張りを切り裂いて作った土台の上に成り立っているのかと。
『平成狸合戦ぽんぽこ』は、そういう意味で、平成最後に見て損はない傑作アニメでした。
……あ! ただちょっと主人公のタヌキ・正吉(CV:野々村 真)と、変幻できない正吉の幼馴染ダヌキ・ぽん吉(CV:林家こぶ平)の名前も見た目も区別が1周目は難しかったので(この2匹の区別がつかないとラストの大オチのよさが半減してしまう)、正吉にはスーパーヒトシ君人形が被ってる探検帽をかぶせるとかしてもらえたらもっとよかったかなと、そんな余計ことを思いながら……また来年も皆さま、この「ジブリ童貞」を宜しくお願いいたします。よいお年を~。
さて、次回のレビューは?
これまで同様、また読者の皆さまのご意見をいただけたらありがたいです。次に観るべきあなたのおすすめ作品を教えてください。ツイッターやfacebook、Instagramなどで「#ジブリ童貞」のハッシュタグをつけて投稿していただけたら嬉しいです。