役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者のそして映画のプロたちの仕事はある! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!!
悲しみをドラマチックにしない。だから映画っぽくなくてぐっとリアルに感じられる
お兄さんのベン・アフレックは有名ですが、ちょっとその陰に隠れてきた印象ですかね。しかし、今作ではまさにオスカーにふさわしい素晴らしい演技を見せています。
昨年の主演男優賞は、熊に襲われたり獣の死体にかじりついたり、感情むき出しのレオナルド・ディカプリオが受賞しましたが、今回の主人公は過剰演技いっさいなし。ドラマチックなシーンでも、まったく勝負せず、一見、役者として何もしていないように見えます。でも彼のなかには沸騰したヤカンの蓋が蒸気に押し上げられ、今にもはじけ飛びそうな感情が沸々(ふつふつ)と煮えたぎっている。無感情なように見えて突然、沸点に到達する芝居はあまりにリアル。
このケイシー演じるリーは、兄が心臓病で急死し、高校生の甥の後見人に指名される。でも、彼は現在の住まいであるボストンから、甥の住む海辺の町、マンチェスター・バイ・ザ・シーには戻りたくない。その理由が、現在と過去を交差させながら、徐々に明かされていく。
で、この甥のパトリックが、思春期と反抗期で実に面倒くさい。彼女といかにしてヤレるか、親父の死よりそっちのほうが重要。自分勝手すぎて「コイツ最低だな」と思わせてくれる最高の演技。よくよく自分の高校時代を思い返すと、たいして変わらなかったかも、と赤面しました。僕もこの先、4人の子供の反抗期と向き合わなければならないので、リーの、無関心を装いながらも子供の自主性に任せ、主張は尊重し、しかし言うべきことは言う姿勢はとても参考になりました。
この作品は、監督のケネス・ロナーガンが脚本も手がけていますが、やり直しのきかない中年に染みまくる台詞が目白押し。切なく悲しい物語のなかにも、しっかりユーモアがちりばめられていて、何より主人公のなかで何も解決されずにエンディングを迎えるのが、より説得力があり染み渡ります。
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
2016年/アメリカ
監督:ケネス・ロナーガン
出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー ほか
配給:ビターズ・エンド、パルコ
5月13日よりシネスイッチ銀座ほか全国公開