連載「滝藤賢一の映画独り語り座」。今回は『エール!』を取り上げる。
連載開始以来久々の大号泣。歌の力を思い知る名画
ボンジュール、ムッシュー。滝藤はアメリカ映画しか見ないようだと編集部が決めつけていたようですが、ノンノン。今回は厳しい審議を経て、初のおフランス映画をご紹介いたします。
『エール!』はフランスで4週連続第一位に輝いた大ヒット作。主人公・ポーラの家は酪農家。両親と弟は耳が聴こえず、一家の日常をポーラが支えています。ハンディキャップをポップに描いて笑い飛ばす作品は、加減が実に難しい。冒頭から母親が膣炎で病院に行く場面。両親の性生活についての、医師との際どいやり取りを高校生のポーラが手話で通訳。その、やりすぎ感に正直最初はノレなかったんです。でもこの映画のすごさは、病院を出る頃にはその印象が不思議と盛り返されているところ。病院の待合室でぼーっとエロ本読んで待っている弟に「そうくるかー」と笑えましたし、あらゆる要素がちりばめられていて、いつの間にやら引き込まれてしまいました。
主演のルアンヌ・エメラは実際にオーディション番組で優勝してスターになったそうですが、合唱の授業中にむかっ腹を立てて、群衆の後ろからうなるような歌声を出す場面では「キターー!」と鳥肌が立ちましたね。一方で母親の自分勝手な態度や我儘(わがまま)さにはヤキモキさせられました。でも、正しかろうが間違っていようが必ず母に寄り添う父。「あー、こんな夫婦でありたいな」と思わされ反省しました。
弟とポーラの親友の恋物語も微笑ましい。手話を利用しながら、彼女の身体にさりげなくボディタッチして弟がにじり寄る場面なんて、高校生の時を思い出し、ムラムラしましたぜ(笑)。近年まれにみるラブシーンだと思います。
極めつけは、無音になる場面がとても効果的に使われていること。それは両親の音のない世界。彼らが娘の歌の才能に気づけない事実が迫る場面ですが、同時に“聴こえない”ということが、どれだけ不安で心細いかを観客に経験させる要素でもあります。もう最後は、感極まって嗚咽(おえつ)。ハンカチが絞れるほど、涙こぼれましたよ。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!