サステナブルな社会の実現に向けて、多くの自動車メーカーが車両の電動化に舵を切っている。けれども、電動化が唯一の正解なのか? 大きな可能性を秘める水素エンジンを紹介したい。連載「クルマの最旬学」とは……
電気自動車を増やせ、でも充電は控えろ?
思わず「どっちやねん!」とツッコみたくなるような、興味深いニュースが飛び込んできた。
2022年8月25日、カリフォルニア州の大気資源委員会は、2035年までに州内で販売するすべての自動車をZEV(ゼロ・エミッション・ヴィークル)に規制すると発表した。ZEVだと認定されるのはBEV(バッテリーに蓄えた電力だけで走る純粋な電気自動車)、FCV(燃料電池車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)で、ハイブリッド車は認められないから、日本の自動車産業への影響は多大だ。
一方、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は8月31日、酷暑による電力需給のひっ迫を受けて、ピークタイムのBEVの充電は避けてほしいとアナウンスした。BEVは普及させたいけれど、充電が集中すると送電網がパンクしてしまうのだ。
この夏、酷暑と渇水に見舞われ電力不足に陥った中国の四川省や重慶市でも、BEVの充電スタンドの一部が閉鎖されたという。日本でも、電力需給ひっ迫注意報が発せられたことは記憶に新しい。
個人的に、静かで絹のように滑らかなBEVの走りは素晴らしいと思うので、BEVが普及することは大歓迎だ。ただし、ここで忘れてはいけないのは、環境に関する取り組みの本来の目的はBEVを増やすことではなく、地球温暖化の元凶だと目されるCO2を減らすことにあるということだ。電源構成のうち約75%を火力発電が占める日本では、いくらBEVが増えてもCO2が大幅に減ることは期待できない。
BEVのテーブルにすべてのチップを賭けるのではなく、多様なソリューションを用意しておくほうが自動車や人類が生き残る可能性が高くなるように思える。その“多様なソリューション”のひとつが、トヨタが取り組む水素エンジンだ。
水素エンジンと燃料電池車の違い
水素を燃料にするクルマというと、FCV(燃料電池車)と水素エンジンがごっちゃになりがちなので、簡単に整理しておきたい。
燃料電池と訳されるのでバッテリーの類と勘違いされがちだけれど、燃料電池とは発電装置だ。理科の授業で、水に電流を流して水素と酸素を発生させる実験があったことを思い出していただきたい。燃料電池はあれの逆。水素と酸素を反応させることで、水と電気を発生させるのだ。電気のほかに出るのは水だけで、CO2などは発生しないから、いたってクリーンだ。
対する水素エンジンは、名前の通りエンジンで水素を燃やして動力を発生する。水素エンジンにはいくつもの利点があるけれど、まず水素は炭素を含まないことから、燃やしてもCO2を発生しない。また、地球上に無限といっていいぐらい豊富に存在するから、奪い合いにならない。さらにはガソリンエンジンを改良して使えることから、これまで蓄積した内燃機関開発のノウハウが無駄にならないし、改良が進めばガソリンエンジンよりもパワフルでレスポンスもよくなるという。
トヨタは、2021年より1.6ℓ直列3気筒ターボエンジンをアレンジした水素エンジンをレースに投入、極限の状況で開発を進めている。'22年のシーズン途中の時点では、「市販車に採用するにはまだ4合目」とエンジニアはコメントしているけれど、1年程度の開発期間でパワーとトルクはそれぞれ2割、3割程度も向上したというから、伸びしろは大きい。
音や振動といったエンジンならではの魅力を堪能しながら、でもCO2排出はゼロ、という昭和のクルマ好きにはたまらない未来が期待できる。
問題はどうやって水素を作るかで、現在の主流である化石燃料から水素を作る方法では、CO2削減は期待できない。太陽光や風力、地熱などで発電した電力を用いて、水を電気分解する方法で水素を作れば、CO2を出さずに水素エネルギーを好きなだけ作ることができる。
ちなみにトヨタがレースで使う水素は、福島県浪江市の「福島水素エネルギー研究フィールド」が太陽光発電を使って製造したもので、CO2排出はゼロのグリーン水素だ。
といったように、水素エンジンには大きな可能性がある一方で、どうやって作るかという大きな問題に取り組まなければ、真のソリューションとはならない。水素エンジンにしろBEVにしろ、その普及は最終的にはエネルギー問題なので、ひとつの企業で解決することは難しい。
そこでトヨタのほかに、川崎重工、SUBARU、マツダ、ヤマハ発動機の計5社で、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みを共同で行うことを発表した。
水素エンジンに加えて、バイオマス由来のカーボンニュートラル燃料を用いるエンジンの開発も行う予定で、二輪用エンジンの開発にはホンダとスズキも加わるという。
繰り返しになるけれど、大事なのはCO2を減らすこと。エンジンを活用する日本発のアプローチをこれからも注視したい。
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。
連載「クルマの最旬学」とは……
話題の新車や自動運転、カーシェアリングの隆盛、世界のクルマ市場など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける連載。