ドイツの小さな自動車メーカーが仕立てる“自動車グルメ”のためのジャーマンブランドが「BMWアルピナ」だ。BMW社との信頼関係のもと、特別なモデルを半世紀以上にわたり送りだしてきた。年間生産台数はわずか1700台程度、そのうち300台ほどが日本の愛好家が堪能している。そんなアルピナブランドの商標権をBMW AGが今年3月に取得、2025年末をもって57年におよぶ両社の協力協定は終幕となることがアナウンスされた。BMW 7シリーズをベースにアルピナ独自のチューンとクラフトマンシップが奢られたフラッグシップセダンであるBMW ALPINA B7を紹介する。
気難しさとは無縁のオーバー600馬力
BMWアルピナはいま、フルサイズSUVのXB7や8シリーズグランクーペをベースとしたB8など、新たなラインアップを拡充している。そうしたなかで伝統的なフラッグシップモデルがB7だ。今回試乗した「アルピナB7ロングアルラッド」は、7シリーズのロングホイールベース版(G12)をベースに、アルピナ流のチューニングを施したモデルだ。
2022年4月にBMW 7シリーズは新型(G70)へとモデルチェンジしたため、BMWアルピナ B7もいずれそちらをベースとしたモデルに移行するだろう。相当に個性の強い顔つきなだけに、従来のイメージのアルピナを選びたいなら、いまのうちにということになる。
先代のBMW 7シリーズ(G12)のフラッグシップモデルは、最高出力608ps、最大トルク850Nmを発揮するV12エンジンを搭載するM760Li xDriveだった。一方でこのアルピナB7は、大径タービンなどを採用した4.4ℓV8ツインターボで、それに迫る最高出力608ps、最大トルク800Nmを発生。0→100 km/h加速は3.6秒。巡航最高速度は330km/hというから、単なるラグジュアリーセダンではないことがわかる。
600psを超えるハイスペックエンジンとはいうものの、気難しさとは無縁だ。ターボラグやトルクの谷もなく、2000〜5000回転で最大トルクを発生するため、アクセルペダルへの微細な入力にもレスポンスよく反応し、スムースに吹け上がっていく。さらなるシルキーさを望むならV12を選ぶほかないが、このV8ユニットは、ラグジュアリーさとスポーティさを兼ね備えている。
そして乗り味は、オプションの21インチ超扁平タイヤで極上のハンドリングと乗り心地を実現する、これぞアルピナと膝を打つものだ。7シリーズは、ルーフ周りやセンタートンネルなどの骨格部材にカーボン(CFRP)を使用し、アルミニウム合金や鋼鈑などを組み合わせた複合構造にすることで軽量化を図った「カーボン・コア」技術を採用しており、そのボディの出来のよさには定評がある。アルピナという名シェフにとっても格好の素材だろう。
タイヤはBMWがランフラットにこだわるのに対して、アルピナはランフラットではない専用開発のミシュラン・パイロットスポーツ4Sを装着。シャシーは、電制ダンパーに、エアサスペンション、アクティブ・ロール・スタビライザーとリヤ・アクスル・ステアリングを採用。さらにカメラで路面の凹凸をとらえて、減衰力を最適化するロード・プレビュー機能付きのアクティブ・コンフォート・ドライブも備えており、ハードウェアとソフトウェアの両面でアルピナ独自のチューニングが施されている。
インテリアは、アルピナ独自のカスタマイズプログラムと、BMWのオーダーメイドプログラム“インディビジュアル”を組み合わせることも可能というから、選択肢は無限にある。試乗車はアルピナ独自の“ミルテ”という赤茶のウッドパネルをふんだんに配し、ブラックのメリノレザーにホワイトのパイピングを施したシートや、ステアリングホイールにはアルピナ独自の手触りのいいラヴァリナレザーを用いる。
ステアリングのリム部分のステッチは操作時に指に干渉しないようにと、クロスステッチではなく、手間のかかるストレートステッチで仕立てられている。後席はエグゼクティブパッケージによって、大型のコンソールが備わる広々とした4人乗り仕様になっていた。
ドライバーズカーのつくり手であるアルピナが、ショーファーカーをつくるとどうなるのか。
BMWアルピナB7ロング アルラッドは、まさにその1つの答えといえるものだ。車両価格は2597万円。競合といえば、ベントレーのフライングスパーやメルセデス・マイバッハS580あたりも思い浮かぶ。アンダーステイトメントなショーファーカーだけれども、GTカーでもある。その絶妙な塩梅が、なんともアルピナだ。ちなみにこのB7は、アルピナの創業者であるブルカルト・ボーフェンジーペンが開発の指揮をとる最後のモデルになるという。以降は息子のアンドレアスへと受け継がれる。オリジナルの味わい、熱いうちにぜひ一度ご賞味あれ。