歴史ある名車の”今”と”昔”、自動車ブランド最新事情、いま手に入れるべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。本連載「クルマの教養」では、国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から、ためになる知識を伝授する!
アメリカ人好みに仕上げられたスポーツカー
日産を代表するスポーツカーの1台である「フェアレディZ」は、2021年8月、米国にて新型モデルの世界初披露を行った。米国での車名は、シンプルに「Nissan Z」となる。この新型Zは、'22年春に米国で発売される予定だ。日本より先行して、新型フェアレディZが発表された理由は、今もスポーツカー最大の市場が米国であることもひとつだが、元々、フェアレディZが米国ユーザー向けに開発されたモデルであり、今なお熱心なファンを抱えるからだ。
時代は1960年まで遡る。ひとりの男が、日産本社から米国に派遣されたことから物語は始まる。その人物の名は、片山豊氏。米国日産の初代社長である。米国での日産の海外ブランド「ダットサン」の販売拡大に尽力した片山氏は、米国の自動車事情にも精通し、当時のアメリカ人たちが望むクルマを理解していた。そこで米国向けの新しいスポーツカーの開発を行うように、日本の本社に向け、熱心に要望を出し続けた。
その努力の甲斐もあり、日産自動車は、新たなスポーツカー開発に動きだす。しかし、実用車よりも販売台数が期待できないスポーツカーに対して冷ややかな経営側の考えもあり、順風満帆の船出とはいえなかった。そんな開発チームを勇気づけるべく、片山氏は「頑張れ」というシンプルなメッセージと共に、エールの意味を込めた「Z旗」を送っている。「フェアレディZ」の「Z」は、究極の示すものとされるが、同時に、片山氏を含めた開発関係者の熱意の象徴ともいえるだろう。
厳しい開発環境にも負けずに、多くの人の尽力の末に生まれたフェアレディZは、美しいスタイルとスポーツカーに相応しい性能が与えられながらも、実にアフォーダブルであった。当時の日本車のイメージは、安価で壊れない。究極の実用車としての評価は受けていたが、クルマ好きに支持されるものではなかった。
しかし、'70年より米国で販売が開始されると、多くの人が飛びつく形となり、初期販売分に用意した2千台は、瞬く間に完売。これが米国でのZ伝説の始まりとなった。日本車の強みを受け継ぎつつ、アメリカ人好みのスポーツカーに仕上げられていたのだから、当然の結果といえよう。日本では先行し、'69年より販売を開始。スポーツカーとしては、エントリープライスが安価であったことから、やはりヒットを記録。初代にして、日産を代表する看板モデルへと成長を遂げた。その後、初代モデルは9年間ほど生産が続けられ、初代だけで世界の販売台数は55万台にも上る。
現行世代は、2008年に登場した6代目で、3.7LのV6エンジンを搭載する後輪駆動のスポーツカーだ。プラットフォームは、先代のスカイラインクーペのものを基本としているが、共有箇所は一部のみで、ほとんどが専用設計となっている。トランスミッションは、6速MTと7速ATを用意するが、6速MTには、スムーズなシフトチェンジを実現させるために、エンジン回転数を自動的に制御する世界初の機能「シンクロレブコントロール」が搭載されたことも話題となった。開発当初は、毎年アップデートを行うことを目標に掲げていたが、スポーツカー需要の減少や日産の経営不振などの背景も有り、'17年以降、メカニカルな改良は公表されていない。
「フェアレディZ NISMO」の乗り味やいかに?
試乗したのは、現行型Zをベースに、日産のモータースポーツ部門である「NISMO」の知見を取り入れて走行性能を強化したコンプリートカー「フェアレディZ NISMO」だ。フェアレディZのエレガントなスタイルを活かしつつ、エアロダイナミクスを向上させるエアロパーツなどの専用パーツを装着したアグレッシブなスタイリングが印象的なモデルだ。エンジン性能も向上が図られており、最高出力を336ps/7000rpmを355ps/7400rpmに、最大トルクを365Nm/5200rpmから374Nm/5200rpmに変更。この他にも専用車スペンション、YAMAHA製パフォーマンスダンパー、専用アルミホイールなどの備え、総合的に走行性能が高められている。インテリアは、基本的には標準車に近いデザインだが、スポーツ走行時に乗員をしっかりと支えるセミバケットタイプのレカロ製専用シートが備わるので、レーシーな雰囲気も高められている。
その走りは、かなりワイルドだ。貴婦人というよりもアスリート女子である。乗り心地は硬めで、ステアリングのセッティングも重い。さらにハードサスペンションと大径タイヤの影響で、荒れた路面だと、しっかりとしたステアリングの保持が求められる。ただトルクフルなエンジンのおかげで、MTも扱いやすい上、減速時の変速ではシンクロレブコントロールが作動し、変速の瞬間にエンジンを空吹かしして、エンジン回転を合わせてくれる。スムーズな変速ができるだけでなく、そのエンジンサウンドもスポーツカーらしくていい。この変速補助の機能は、MTのフェアレディZ全仕様で味わえる。また全長は4330mmと短いので、意外と取り回しにも優れる。ただ今のZのキャラクターを考えると、標準車の方がベターだろう。昔、乗ったコンバーチブルの7速AT車の走りは優雅だったことを思い出した。もちろん、それも分かった上でのハードな味付けなのだろう。NISMOは、選ばれし人のためのZなのだ。
最新型フェアレディZは、もちろん、日本でも来年発売予定だ。その日本仕様が、2022年1月の自動車イベント「東京オートサロン2022」で初披露される。現行型世代の大幅アップデートを図ったビッグマイナーチェンジに相当するもので、エンジンは日産スカイライン400Rに搭載される「VR30DDTT」エンジンをZ仕様にしたものだ。このエンジンを積むスカイライン400Rは、往年のスカイラインファンを歓喜させるなど、評判が良い。名エンジン「VR30DDTT」を搭載し、パワーアップを果たしている。さらにATは9速化され、もちろん、6速MTも用意される。ピュアエンジン車から電動車へとシフトされる時代に、敢えてのピュアエンジンの魅力を活かした高性能化を図った新型フェアレディZ。このタイミングでのブラッシュアップに、日産の本気を感じる。それ故、日産スポーツカー史に残る名車となることを期待しても良いはずだ。