ART

2025.05.02

「土ごと写真に取りこみたかった」世界最古のシャンパーニュメゾンで写真家 𠮷田多麻希がとらえたもの

2016年より「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」に参画し、2021年にはインターナショナル・ポートフォリオレビューの参加者より選出される「Ruinart Japan Award」を創設したシャンパーニュメゾン、ルイナール。その4人目の受賞者となったのが、フォトグラファー・𠮷田多麻希氏だ。彼女がメゾンに滞在し結実させた作品「土を継ぐ—Echoes from the Soil」が、京都「TIME’S」に展示されている。

「土を継ぐ—Echoes from the Soil」
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025

シャンパーニュの土がカラフルに見えた

𠮷田多麻希氏は、コマーシャルの世界で活躍しているフォトグラファーだ。一方で2018年より写真作家としても活動し、日本で害獣として扱われる生き物たちの姿を切り取った個展「Brave New World」を開催するなど、人間と自然、生き物の関係を問いかけることをテーマに作品を発表している。

2024年9月、𠮷田氏はルイナールの「アート・レジデンシー・プログラム」に招聘(しょうへい)され、フランス・シャンパーニュ地方にあるメゾンに滞在。渡仏前、シャンパーニュやシャンパーニュ地方に関しての知識に乏しかったという𠮷田氏は、自身の“撮りたい”という意欲のトリガーとなるものを徹底的にリサーチしたという。

「色々調べるなかで、日本との土壌の違いに着目しました。シャンパーニュ地方は石灰岩の地質で、そこでブドウを育てシャンパーニュを熟成させるということを知って、 日本にはそういう土壌ってあまりないなって。そして石灰岩についてさらに調べていった時に、太古の生物が死んで蓄積し、形成された地層であることがわかりました。それはすなわち、太古の生き物がシャンパーニュを育てているということだと思ったんです」

「土を継ぐ—Echoes from the Soil」
𠮷⽥多麻希/Tamaki Yoshida
コマーシャルフォトグラファーとして多くの企業で活躍する傍ら、常々感じていた自然と人との関係の不平等さを見つめ直すべく、2018年より作家活動を開始。現在は、生活排水による環境問題や、近年頻発している人と野生動物の事故などをテーマにしたプロジェクトに取り組む。2024年、KYOTOGRAPHIEインターナショナル・ポートフォリオレビューの参加者より受賞者が選ばれる「Ruinart Japan Award 2024」を受賞。同年秋、ルイナールの アート・レジデンシー・プログラムに参加。 

“土”という存在に創作意欲を刺激された𠮷田氏。そして実際にルイナールのブドウ畑に足を踏み入れまず感じたのが「土がカラフル」ということだった。

「土じゃない色が混ざっているんですよ。ルイナールの方に聞いたら、1960年代までに捨てられていたゴミなんだよって。1975年に法律が整備されるまで、フランスでは一般的にゴミは土の中に埋めちゃえば捨てたことになるというのが当たり前だったらしく、それで残ったプラスチックとかファブリックが出てきていたんですね。そのことにすごく惹きつけられました」

同時に、シャンパーニュ地方では、土地や環境を再生する取り組みが行われていることも知った。

「ブドウ畑の周辺にブドウではない植物を植えて、ミツバチや虫、ウサギとかの小動物も含め、多種多様な生き物が寄ってくる環境をつくろうという努力をしていることを知ったんです。実際に、除草剤の代わりに羊などに余計な草を食べてもらうというような取り組みも始まっていました。カラフルな土を形成している過去の負の遺産と言ってもいいようなものですら取り込んで、土壌を再生していこうとしている姿にすごく感銘を受けたんです」

「土を継ぐ—Echoes from the Soil」
𠮷田氏の個展の会場となった「TIME'S」は建築家・安藤忠雄氏の初期作品として知られる。別室では、2024年10月に新しく生まれ変わったメゾン ルイナールのパビリオンを紹介した展示も開催。
「土を継ぐ—Echoes from the Soil」
世界最古のシャンパーニュメゾンであるルイナールとアートとの関係は、1896年、当時の当主であったアンドレ・ルイナールが画家アルフォンス・ミュシャにポスター作成を依頼したことに始まる。現在は年間30以上の世界中のアートフェアに協賛。アートを通じて、メゾンの伝統、歴史、サヴォアフェールを伝えている。

写真は紙である必要はない

現地で化石発掘現場も訪れたという𠮷田氏は「土は過去の記憶を継承する層である」という実感を深めていった。その9日間にわたるメゾン滞在でとらえた写真たちは、KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭の会場のひとつである「TIME’S」に展示されている。タイトルは「土を継ぐ—Echoes from the Soil」だ。

会場に入るとまず訪れるのが、土の中にいるような暗闇の空間。枯葉、木の実、小鳥の亡骸。グランドレベルに展示された、土に還っていこうとするそれらを収めた写真には、古傷のようなものが刻みこまれている。聞けば、現地の猟師に協力を仰ぎ、写真を土に埋めることを試みたという。

「日本で現地と似たような環境を探し自分でテストをくり返しながら、現地の方々に“こんな感じで”と伝えて実際に埋めてもらい、途中で様子をみてもらって…というのを繰り返しました」

さらに奥に進むと、一転して明るい空間に。赤鹿、無数の飛び立つ鳥、イノシシの親子らシャンパーニュ地方の土の上で命を紡ぐ動物たちが、徳島県の阿波紙という和紙に写し出されている。よく見ると、そこには、現地のカラフルな土を形成していたプラスチックやファブリックがすき込まれているのがわかる。

「写真は紙である必要がなくて、 今、ここにあるものを取り入れることが、私のなかでの“写真”なんです。今回の展示では、ブドウが育った土地ごと写真に取りこみたいというのがあって、写真を土に埋めるとか、和紙でゴミをすき込むという方法をとりました。二次元でなく、質感から得るエネルギーというか、物質的であるがゆえに強く感じることができるものがあると思っています」

「人間の行為が未来につながり、生き物たちが豊かに暮らせる場所をつくっていく」という𠮷田氏が“土”を媒介にとらえたのは、生命の巡り。生きとし生ける者たちが紡ぎ、未来へと続いていく時の流れが、そこに浮かび上がっている。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025
𠮷田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」
「TIME’S」
Ruinart Japan Award 2024 Winner
Presented by Ruinart
会期:2025年4月12日〜5月11日

TEXT=岡村彩加(ゲーテ編集部)

PHOTOGRAPH=大杉隼平

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