村上隆の日本国内では8年ぶりとなる大規模な個展が始まった。京都の美術館での展覧会ということで、歴史的な日本美術作品に触発されたものが次々に現れ、楽しませてくれる。日本美術の知識があるに越したことはないが、そうでなくてもど迫力の絵画や彫刻に釘付けになること必至。■連載「アートというお買い物」とは
京都で村上隆の絵に打ちのめされる2024年
京都市京セラ美術館で始まった「京都市美術館開館90周年記念展 村上隆 もののけ 京都」を見てきた。ほとんど新作で埋め尽くされた会場は村上隆作品のパワーで溢れていた。
大きな作品がこれでもかこれでもかと次々に現れるのだが、最も驚き、感動し、力をもらえたのはこの白虎はじめ四神を描いたシリーズであった。ちなみに村上は寅年。村上が描いた四神は展示室の中にさらに正方形の暗い部屋を作り、東西南北それぞれの壁に陣取り、この展覧会、この美術館、さらに京都を守るように配置されている。
そもそも四神とは、古代中国を発祥とする伝説の動物たちで、東を守る青龍、南を守る朱雀(鳳凰)、西を守る白虎、北を守る玄武(亀と蛇の合体)のことだ。たとえば1972年、極彩色の壁画の発見で話題になった高松塚古墳の四方の壁にもそれぞれの動物が描かれていることは有名だ。
この東西南北と四色、四神の動物は絵画などに引用されるが、珍しい例として、村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』にも仕掛けられている。主人公の多崎つくると仲間4人をめぐる物語。その4人の名前には色が入っていて、青海悦夫、赤松慶、白根柚木、黒埜恵理。順に青龍、朱雀、白虎、玄武にあたる。ほかに灰田文紹という友人、緑川という人物が登場する。
緑川は風神、灰田は雷神から来てるのではないかと考えられる。この展覧会では村上隆版「風神雷神」も発表されている。
風神は緑、雷神は白や灰色で描かれるものだ。そしてそれらはそれぞれ、文殊菩薩、普賢菩薩の化身であるとも言われる。文殊菩薩は獅子に乗ってる姿を描かれ、普賢菩薩は象に乗った姿で描かれるものだ。
村上隆と村上春樹。たまたま姓が同じだけなのだが、そんな連想で結ばれた。
このように、日本の伝統的な美術作品をインスピレーション源にして作られた作品が多い。それは今回の会場が京都ということと関連してるだろう。村上は大学時代から美術史家の辻惟雄に私淑し、日本美術の知識を得てきた。辻は長く東京大学で日本美術について教鞭をとり、『奇想の系譜』などの著作で知られる。村上が辻に申し込む形で『芸術新潮』で「ニッポン絵合わせ」という連載があった。これは辻が書いた原稿に村上が絵で応じるというもので、毎回、お題が出る。「狩野永徳の唐獅子」、「伊藤若冲の升目描き屏風」、「曾我蕭白の雲龍図」……。月刊誌でそのお題をこなしていくのはさぞ大変だっただろう。これは、そのときに描いた作品の一つでボストン美術館にある曾我蕭白の《雲竜図屏風》を元にしたものだ。ちなみに今年は辰年。
この絵は2017年、ボストン美術館で開催された「村上隆:奇想の系譜|協力/辻惟雄、ボストン美術館」で公開された。今回が日本での初公開となる。元になった曾我蕭白《雲龍図》はこの絵である。
曾我蕭白が水墨画として描いたものを、村上の手法で真っ赤な竜に描き直した迫真の作品になっている。
水墨画ばかりではない。金や銀の箔の上に色鮮やかに描く、琳派から想を得たものもある。しかも描かれるのは村上のシグネチャー的モチーフであるお花だ。
琳派とは本阿弥光悦、俵屋宗達を祖とする画派で華やかな絵画や工芸で知られる。宗達から約百年後の尾形光琳、光琳から約百年後の酒井抱一のように、血脈や師弟関係ではなく、作品を介して受け継がれていった。
これもボストン美術館での展示だが、右は《⾦⾊の空の夏のお花畑》の類似作品。左は同館所蔵の俵屋宗達の工房作と見られる芥子の花を描いた屏風である。こうやって並べて展示された。
歴史や美術の教科書で「洛中洛外図」というのを見たことがあるだろう。京都の内側や周辺の繁栄の様子を描いたものだ。狩野永徳、岩佐又兵衛らによるものもあるし、時代を超えてさまざまな絵師たちに描かれてきた。今回、村上も挑戦している。お花人間がいたり、風神や雷神もいたり、つぶさに見ていきたいものだ。
日本美術の知識があれば一層楽しめるものと思うが、ただ見ていても、スゴいな、絵って楽しいなと思えるだろう。会期も長いので、(万博のついでに?)ともかくぜひ、足を運ぶことをお薦めしておきたい。
京都市美術館開館90周年記念展 村上隆 もののけ 京都
会期:2024年2月3日(土)〜2024年9月1日(日)
※展示作品のうち、一部に展示替えあり。
時間:10:00~18:00(最終入場は17:30まで)
会場:京都市京セラ美術館新館 東山キューブ
休館日:月曜(祝日の場合は開館)
観覧料:一般¥2,200、⼤学・専門学校生¥1,500
※京都市内在住・通学の大学生以下入場無料(入場の際に住所が分かるもの、学⽣証の提⽰が必要)
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。
■連載「アートというお買い物」とは
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。