年代もののおもちゃ、現代アート、古美術品、たくさんの美術書。そういった大好きなものを詰め込んだ家から都内にあるアトリエに今も日々、通勤する。都内に行けば、現代美術ギャラリーも骨董店もあるいはラグジュアリーブランドのメゾンもあり、それを巡る楽しみもある。ファッションブランド「ヒロミチナカノ」を立ち上げた80年代から70歳を超えた現在に至るまで、デザイナー中野裕通さんの長きキャリアを支えているのは、好きなものを集めた家と仕事場の往復が生む“活力”だ。連載「アートというお買い物」とは……
グリーン車とバスを乗り継ぎ通勤する日々
前回紹介した通り、美術品やおもちゃなど大好きなものを集めて身近に置くというライフスタイルを実現したファッションデザイナーの中野裕通さん。こんな自宅だったら、離れたくないと考えてしまうのが自然かなと思う。
しかも、デザイナーという仕事だから、たとえば自宅のアトリエでデザイン画を描いたり、都内にあるスタジオにいるスタッフとメールをやりとりしたり、リモートミーティングで指示を出したり、報告を聞いたりするというスタイルで仕事をしているのかと思ったが、そうではなく、基本は“通勤”しているのだそうだ。
「グリーン車の定期券を持っていて、駅からはバスです。その移動時間に読書をしたり、仕事のことを考えたり、ちょうどいい切り替えになっています。以前、都内に住んでいたときも、アトリエから少し離れて、豊洲に住んでいました。その頃の豊洲は今のような高層マンションが多く建つ街ではなくて、銀座とかからは近いけれども、都心のような喧騒からは少し逃れた場所でした」
仕事のペースやスタイルが変わるにつれて、引越しをしてきた。
「都内に住んでいたときはミーティングが夜中に入れられたりして、それはタクシーで帰ればいいという前提ですが、今のように他県に住んでいるとそういうわけにはいかないでしょ。終電が何時なので、何時には会社を出ますといえるわけです。健全な時間に仕事ができる」
日々の規則正しい生活の中で仕事が進み、プライベートも充実するというのが中野さんのスタイルだ。
「一度、ハワイで集中して仕事をしようとしたこともありました。でもそれもダメでした。デザイン画は描けるには描けるのですが、のんびりしたものになってしまって。緊張感が高まらないんですね。都内のアトリエでの集中力と郊外の自宅でのくつろぎの対比がメリハリになって仕事になるんだと思います。仕事をするというのも一つの欲求なんですね」
仕事をする場所や状況、くつろぐための場所や状況。そのコントラストを背景に日々を過ごしている。
「都内に行くのは仕事の他にも、たとえばときに六本木とかのギャラリーをまわったり、銀座や青山のラグジュアリーブランドのショップに行ったりしたいというのもあります。自分は流行のものに対して、いつも隣り合わせにいたいと思っているんですね。仕事柄、時流を読むことをいつも課してないといけないと考えているので」
都内と郊外ばかりではない、中野さんの仕事や生活はすべて、対比で語れるというのがわかった。次々と流行が生み出される世の中に積極的に身を投じる一方で、一貫して変わらない自身の好みを大切にする。人気のブランドがどんな最新商品を繰り出してきているかを知り、自分でも買う一方で、一千年前に造られた仏像と毎日顔を合わせること。
「あっち(都会)があって、こっち(自宅)があることでできること、それぞれの意味づけが深まるということがあるんです」
ファッションデザイナー、ヒロミチナカノ氏と美術愛好家でおもちゃコレクターの中野裕通さんの優雅な生活の秘密はこんな感じでした。
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中野裕通/Hiromichi Nakano
「ニコル」や「ビギ」を経て1981年、サンエーインターナショナルに入社、「VIVAYOU」のチーフデザイナーとなる。1984年には自身の名を冠したブランド「HIROMICHI NAKANO」を同社から発表。小泉今日子氏のNHK紅白歌合戦や、夜のヒットスタジオなどの衣装を手掛ける。ロックなテイストを持ちつつも、セクシーさやキュートさを兼ね備えたデザインは流行に敏感で個性的な女性たちから絶大な支持を得た。1990年に独立。1998年パリコレクション初参加。独自の感性を打ち出した服づくりを続け、数多くのライセンスを抱える。美術、映画などに造詣が深い。
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。
■連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。