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ART

2022.11.29

デザイナー中野裕通「ミッキーも仏像も、好きで縁があったから来てくれた」――アートというお買い物

いいものや流行りのものは見逃したくないというミーハー的な探究心。好きなものに出合ったら自分のものにしたいと思う野心や努力。それを楽しみとして続けることが人生の大きな収穫になる。そんなライフスタイルを実践してきた先輩、ファッションデザイナーの中野裕通さんのすばらしいコレクションやすてきなご自宅を拝見してきた。連載「アートというお買い物」とは……

ファッションデザイナーの中野裕通さん

ファッションデザイナーの中野裕通さん。ミッキーマウスが並ぶ中に現代美術家の加藤泉のフィギュアがあったり。

ムーミンから奈良美智、村上隆まで“好き”を詰め込んだ館

少し古い話になるけれど、2001年にギャラリストの小山登美夫さんと僕がパリのサンジェルマン・デ・プレを歩いていたとき、ファッションデザイナーの中野裕通さんに偶然会った。

中野さんは小山さんの顧客でもあったらしく、小山さんが声をかけ、コレット(パリにあったセレクトショップ)のギャラリーで奈良美智さんの個展が始まったので、ぜひ来てくださいと話した。あとで聞いたのだが、中野さんは翌日、忙しい滞在の合間を縫って来てくれたそうだ。そのとき展示されていた奈良作品も今回、中野さんの家で再会してきた。

その後も現代美術のギャラリーなどで中野さんをお見かけすることがあって、いつかコレクションを見せていただきながら、アートの話をうかがいたいと思っていた。

ミッキーマウスやバービー人形がコレクションの原点。ミッキーの中には戦前の貴重なものもある。

ミッキーマウスやバービー人形がコレクションの原点。ミッキーの中には戦前の貴重なものもある。

以前、東京・港区内にあるオフィスで、コレクションについての話を聞く機会があったのだが、今回、こちらのリクエストを快く受け入れてくださり、ご自宅にうかがうことができた。

そこはまさに予想通りコレクターの夢を叶えた家であり、また予想していた範囲を超えて、現代美術収集に限らず、中野さんの好きなもの、身近に置いておきたいもの、それは1000年以上の時を経たものだったり、展覧会案内のポストカードだったりいろいろなのだが、それを詰め込んだ館だった。

「コレクションの始まりは実は戦前に作られたミッキーマウスの人形なんです。セルロイド製でゼンマイ仕掛け。アメリカに発注された日本製。日本国内では売られず、輸出用ですね。1970年代に友人がアメリカのオークションで見つけてくれて、僕は就職して間もなかったけれど、迷わず手に入れました。給料の何ヵ月分もしましたけど」

ファッションデザイナーの中野裕通さんのコレクション

20世紀のアメリカの豊かさに憧れ、一方で平安時代から現代までの日本文化に敬意と愛慕をもつ中野さんらしいコレクションを見せてくれた。

はじまりの1点以外にも、貴重なミッキーマウスたちがケースの中を埋めている。一緒にバービー人形や不二家のペコちゃんもあるし、現代美術家の奈良美智、村上隆、加藤泉のフィギュアもあり、おもちゃから現代美術に境目なくつながっていっている。おもちゃが工業製品であるのに対して、美術品は?

「僕にとってはおもちゃなのか、アートなのかとかは関係ないんですね。好きで欲しくて持っていたいものを招いているという感じ。このムーミンの人形もいいでしょう」

ファッションデザイナーの中野裕通さんのコレクション

年代もののムーミンやフランス人形などもコレクションしている。

「現代アートを買った最初は、1970年代半ばで、アンディ・ウォーホルのシルクスクリーンですね。アメリカの舞踊家、マーサ・グレアムをモチーフにしたものとシャネルの香水No.5のボトルの絵だったんです。家に飾っていたんですけど、ウォーホルの展覧会で大型のカンヴァス作品をたくさん見ているうちに、自分の持ってるそれがつまらなく見えて手放してしまいました」

ウォーホル作品は今や現代アートオークションの常連で、最近もマリリン・モンローやエリザベス・テーラーが描かれたものはレコードを更新している。今持っていたら、と考えるのは……意味ない。

美術館に展覧会を見に行って、このアーティストの作品はうちにもある、自分が持ってる作品自体は美術館に出るほどのものではないにしても、美術館で展覧会をやるようなアーティストの作品を持っていて、うれしいという考え方もできるが、中野さんのウォーホルに限ってはそうではなかったということだろう。

ファッションデザイナーの中野裕通さんのコレクション

ドイツの彫刻家、シュテファン・バルケンホールの作品。台座から一木で彫り出されている。国立国際美術館(大阪)や東京オペラシティアートギャラリーで個展が開催された。

そして、中野さんのおうちにおじゃましたい一番の理由はヘンリー・ダーガーの作品を見たかったことだ。こんな大作を部屋に飾っているのは羨ましい。以前、写真では見せてもらったことがあったけれど、実際に向かい合うのは今回が初めてだ。

ファッションデザイナーの中野裕通さんと美術ジャーナリストの鈴木芳雄さん

中野さんの自宅にて。

ヘンリー・ダーガーについて簡単に書いておくと、1892年生まれ、1973年没。アメリカ、シカゴを拠点とした作家、画家。美術の専門教育は受けていない。人付き合いを避け、病院の掃除夫などをしながら、半世紀以上もの間、創作活動に打ち込んだ。彼が生み出した物語は1万5000ページ以上のテキストと300枚の挿絵から成る。代表作の『非現実の王国で』は、7人の少女戦士、ヴィヴィアン姉妹が子供奴隷制を持つ軍事国家と戦う架空戦記で、いわば戦闘美少女ものだ。

それらの原稿や挿絵は死後、彼の部屋を片付けた大家が発見するのだが、同時に部屋には児童書や冒険小説の本があり、挿絵の参考に使った新聞や雑誌の図版の切り抜きもあった。熱心なカトリック信者だったので、キリスト像やマリア像などもあった。そしてその部屋にはなんと、ベッドがなかったという。

現在、ダーガーの作品はニューヨーク近代美術館とパリ市立近代美術館にそれぞれまとまった量で収蔵されているが、普通の画家の活動とは違ったため、作品が世の中に流出することはほとんどなかった。

正面の横幅2メートル以上ある作品がヘンリー・ダーガーの絵。

正面の横幅2メートル以上ある作品がヘンリー・ダーガーの絵。

「フランスで画集が出ていたくらいで、日本ではほとんど知られていなかったと思います。いい絵だな、おもしろい作家だなと思って、ずっと探していたんです。その後、クリスティーズのオークションに出ているのを見つけて落札しました」

日本では2000年以後、ワタリウム美術館(東京・神宮前)、原美術館(当時。東京・品川)、ラフォーレ・ミュージアム原宿(東京・神宮前)で展覧会が企画されたが、美術館でも作品を所蔵しているところはほとんどない。

中野さんのご自宅ではこのダーガーの絵が中心にあり、平安時代や鎌倉時代の仏像や仏手がかつてお寺の部材だった板に乗っている。そんな重要文化財クラスの古美術がさりげなく置いてある。そうかと思うと、これも好きな奈良美智さんの作品もそばに。さらに、欲しかったものの縁がなくて入手できなかった作品のポストカードなども、まるでそれらと同じ価値があるかのようにピンナップされている。ミヒャエル・ボレマンスやマルレーネ・デュマスの作品に思いを寄せていたのだろうと推測する。

ファッションデザイナーの中野裕通さん

「作品の値段が下がったって好きで買ったのだから自分にとって価値は変わらない。値段が上がればもちろんうれしい。コレクションほどすてきな趣味はないです」

おもちゃ、現代アート、古美術などジャンルに分け隔てなく、自分が好きだ、欲しいというものを集める情熱を傾けてきた。手に入れてみて、身近において過ごすこと。それはその人の輪郭を浮き上がらせてくれる。そして、手に入れたものも、ときに手放すこともある。そうすることで、コレクションは磨かれ、自分の「好き」はますますピュアになる。次の収集の資金にもなる。

それはまるで、金鉱石を採取して、そこから最終的に純金を精製するプロセスになぞらえることができるだろうか。

次回はこのプライベートのスペースと都心のオフィスを毎日通勤する中野さんのオンオフの切り替えこそ、仕事の効率化、オフタイムの充実といった話をうかがいます。

中野裕通/Hiromichi Nakano
「ニコル」や「ビギ」を経て1981年、サンエーインターナショナルに入社、「VIVAYOU」のチーフデザイナーとなる。1984年には自身の名を冠したブランド「HIROMICHI NAKANO」を同社から発表。小泉今日子氏のNHK紅白歌合戦や、夜のヒットスタジオなどの衣装を手掛ける。ロックなテイストを持ちつつも、セクシーさやキュートさを兼ね備えたデザインは流行に敏感で個性的な女性たちから絶大な支持を得た。1990年に独立。1998年パリコレクション初参加。独自の感性を打ち出した服づくりを続け、数多くのライセンスを抱える。美術、映画などに造詣が深い。

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

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■連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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アートというお買い物

美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

TEXT=鈴木芳雄

PHOTOGRAPH=Yoshihito Koba

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