美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点で切り込む連載「アートというお買い物」。MANGAは今や美術オークションの1カテゴリーだ。わくわくしながらページをめくったマンガ雑誌の原画や手に汗握りながら見たアニメの1コマの絵が買えると聞いたら、どう思う? というわけで内見会で見てきた。マンガ文化の断片を所有できるのである。【過去の連載記事】
世界では3,500万円で売れるマンガの原画
2022年7月9日に開催された「SHINWA AUCTION(シンワオークション)」のカタログの表紙にはこうある。
SHINWA AUCTION
9 July 2022
Modern Art
Modern Art PartII
MANGA
Contemporary Art
MANGA=マンガが近代美術や現代美術と並び、オークションのカテゴリーの一つになっている。カタログを開くと、MANGAのセクションにはセル画、マンガ家の直筆色紙、直筆原稿、直筆ネーム(マンガを原稿用紙に描く前にコマ割りやカメラアングル、セリフ、表情などを大まかに描いたいわば「マンガ全体の設計図」)、アニメのラフ原画などが出品されている。
そもそも、マンガがオークション市場で大きなニュースになったのは、2018年5月5日、手塚治虫が1950年代後半に制作した『鉄腕アトム』の2色ページ用の原画がフランス・パリでオークションにかけられ、予想落札価格4万〜6万ユーロ(当時のレートで約524万〜約786万円)を大幅に上回る26万9400ユーロ(同じく約3,500万円!)の高値で落札されたこと。当時の新聞記事によれば、出品者は、オーストラリア在住の収集家、落札者は手塚作品を愛好する欧州在住の収集家とのことだ。1950年代の『鉄腕アトム』といえば、光文社の『少年』に掲載されたものの原画だろう。
同年にSHINWA AUCTIONでも「手塚治虫特別オークション」が開催された。これがマンガに的を絞ったオークションの第1回で、以後、他のオークション会社でもマンガのオークションが開催されてきた。
今回のオークションでも『鉄腕アトム』ではないが手塚治虫の直筆原稿が出品されていた。1957年、『おもしろブック』(集英社)に発表された『双生児殺人事件』の1ページ分(37.7×27.2cm)。文字は写植ではなく、書き文字だ。予想落札価格¥400,000〜¥600,000だったが、これは不落札。
ほかに直筆原稿は高井研一郎、とりいかずよし、はらたいらのものが出品されていた。アニメのセル画などと比較すると概して手頃な価格だ。
デジタル時代の文化遺産となったセル画
出品点数の多いのがアニメのセル画である。アニメはまず原画が描かれ、それをもとに動くキャラクターなどは透明フィルムに描き、背景は紙に描く。初期はセルロイドに描かれたことが「セル画」の名前の由来。自然発火のリスクのあるセルロイドに代わり1950年代からはアセテート繊維が使われた。紙に描かれた背景にセル画を重ねて1コマとする。1秒間に25コマの絵が必要なので、勢いセル画は膨大になる。
カメラ撮りされたセル画はセル再利用のため、洗浄して別の絵が描かれることもあった。そうなると、セル画は残らない。あるいは単純に焼却されたり廃棄処分されたりしたことも。ときには、映画封切日のファンイベントで配られたり、アニメスタジオ見学の記念のおみやげとして供されたこともあったという。
1970年代末から1980年代に起こったアニメブーム以降、キャラクターの描かれたセル画はマニアたちの収集対象になり、専門ショップや即売会で販売されるようになり、マニアの間でも取引されるようになった。
マンガ雑誌に掲載されたマンガの原稿も本が出版されれば用済みとなり、セル画も映像が出来上がってしまえば無用となる。そのため、原稿が作者のもとに返却されなかったり、セル画が廃棄されてきた歴史がある。それは昔、かけ蕎麦1杯分くらいの値段で売られた庶民の娯楽として浮世絵があったが、その浮世絵は近代以降、陶磁器の緩衝材として(これには諸説あって異論も多い)などでも海外に流出し、逆に海外で発見され評価が高まったことに似ているかもしれない。
さて、現代の話。作家の方針や技法、制作スタッフにもよるが、アニメの原画はタブレットで描かれ、それをコンピュータに取り込みながら制作していくので、かつてのようにセル画が大量に生まれるということはなくなった。そういう意味でも文化遺産として、セル画は重要だ。
今回のオークションで出品されていたセル画は『サザエさん』、『ちびまる子ちゃん』、『それいけ!アンパンマン』、『ドラゴンボール』、『うる星やつら』、『キテレツ大百科』、『オバケのQ太郎』、『ドラえもん』、『クレヨンしんちゃん』、『ポケットモンスター』、『カードキャプターさくら』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『ブラックジャック』、『ジャングル大帝』、『リボンの騎士』、『若草物語 ナンとジョー先生』、『ファンタジア』、『未来少年コナン』、『紅の豚』、『天空の城ラピュタ』、『もののけ姫』、『風の谷のナウシカ』、『となりのトトロ』だ。ものによって、原画とセットだったり、動画がついていたりする。
オークションのリザルトをいくつか挙げると、『それいけ!アンパンマン』のアンパンマンとメロンパンナちゃんが空を飛ぶシーンのセル画(23.0×26.3cm)4枚1組(手描き背景付)が予想落札価格¥30,000〜¥70,000に対して、落札価格(手数料込)¥99,025、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』の惣流・アスカ・ラングレーの躍動的なシーンのセル画1枚が予想落札価格¥130,000〜¥200,000に対して、落札価格(手数料込)¥151,450、『となりのトトロ』の草壁メイの全身が描かれたセル画(23.0×35.2cm)が予想落札価格¥280,000〜¥400,000に対して、落札価格(手数料込)¥559,200だった。
ラフ原画(紙に鉛筆で描かれたもの)では『ルパン三世劇場版「カリオストロの城」ラフ原画』(31点組)予想落札価格¥120,000〜¥200,000に対して、落札価格(手数料込)¥349,500、『天空の城ラピュタ原画 Cut.A-0389A』(30点組)予想落札価格¥3,000,000〜¥4,000,000に対して、落札価格(手数料込)¥5,273,200などを内覧会で見られたのはラッキーだったし、いい勉強になった。
1つのオークションから断言することはできないが、全体的に外国でも人気の高いもの、特に宮崎駿作品などは落札されやすいし、落札価格も高額。きっと海外からの落札者がいるのだろう。手塚治虫の作品はセル画が多く残るのか、意外にも安価だったり、不落札(入札がなかったり、希望価格まで達しなかったため、売買が成立しないこと)が目立つ。
「落札される方はさまざまですが、お医者様が『ブラックジャック』を好まれたり、幼い頃に親しんでいたのであろう若い女性が『それいけ!アンパンマン』のイラストなどを落札されます。他社の落札結果を見ていて、海外から特に引き合いがあるのは『ポケットモンスター』や『ドラゴンボール』ですね。アニメの放送地域が広いのでしょう」(SHINWA AUCTION学芸・広報担当の高井彩さん)
思い入れのあるマンガの原稿やアニメのセル画が出品されるかもしれない。次回のマンガのオークションは未定だが、現状、半年に1回のペースで実施しているという。ぜひとも、オークション会社のウェブサイトをチェックしよう。
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。