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2022.07.12

ゲルハルト・リヒターの作品はどこで買えますか?

美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点で切り込む連載「アートというお買い物」。ある有力なアートコレクターはこんなことを言った。「僕は美術館にはほとんど行きません。だって、作品買えないでしょ」。それはともかく、近年、リヒターが特に力を注ぐドローイング作品の展覧会が六本木のギャラリー「ワコウ・ワークス・オブ・アート」で開催中だ。最新作と同時に、リヒターの原点とも言える作品も展示されている。【過去の連載記事】

リヒター

《28.2.2020》2020, pencil and colored pencil on paper, 26.8 × 40.0 cm

最も高値がつく存命作家の、もうひとつの展覧会

東京国立近代美術館で開催中の「ゲルハルト・リヒター展」が連日賑わっている。日本の美術館では16年ぶり、東京の美術館では初めての大規模個展となる。東京のあと、愛知県の豊田市美術館に巡回する。

戦後美術を代表する画家、ゲルハルト・リヒター。1932年、ドイツのドレスデンに生まれ、美術教育を受け、東西ドイツの壁が建てられる半年前に西側に渡った。表現の手法は様々だ。写真をもとにした絵画、絵具と絵画の関係をあらためるアブストラクト、色見本が触発する絵画、デジタルプリントで作られた色の直線。

東京国立近代美術館「ゲルハルト・リヒター展」

東京国立近代美術館「ゲルハルト・リヒター展」展示より。こちらの展覧会は2022年10月2日まで開催中。 詳細はこちら。
撮影:山本倫子 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

「戦後美術を代表する画家」と書いておいて、果たして今は戦後なのだろうかと問い直したい気持ちもあるけれど、20世紀中盤にあった、ドイツが(日本も)敗戦国となったあの世界大戦を少年時代に経験したリヒターにとっては、制作する作品には戦争や当時の記憶が投影される。今回の展覧会でも展示されている、ホロコーストで密やかに撮影され持ち出された写真に基づく大作《ビルケナウ》は、ナチスドイツによる暗い歴史の影が忍び寄る。

「Gerhard Richter Drawings 2018-2022 and Elbe 1957」

「Gerhard Richter Drawings 2018-2022 and Elbe 1957」ワコウ・ワークス・オブ・アート展覧会風景

東京国立近代美術館の展覧会については多くのメディアも触れているのでそちらに譲る。ここではもう一つ、東京・六本木のワコウ・ワークス・オブ・アートで開催されているリヒターの個展「Drawings 2018–2022 and Elbe 1957」を取り上げる。美術館の展覧会出品作品が主にリヒター本人が手元に残したもの(今後も手放すことはないだろう)で構成されているのに対して、こちらギャラリーの展覧会では作品を買うことができる。

リヒターは2017年、油彩画の制作を終了したという。現在はドローイング作品に注力し、精力的な活動を続けている。東京国立近代美術館でも近年のドローイング作品を展示しているが、同様の作品が、こちらのギャラリーでも展示されている。

リヒター作品

《3.10.2021》2021, graphite on paper, 21.0 × 29.7 cm

ドローイングというと、多くの画家にとって、油画などの大作の構想を練るためのものだったり、下絵のような役割を持っているが、リヒターの場合はまったく違う。多くの絵画を仕上げたあと、2015年にドローイング40点を仕上げたリヒターについて、彼と対談著作のあるディーター・シュヴァルツ(スイス、ヴィンタートゥール美術館 元・館長)はこう語る。

「(リヒターのドローイングは)絵画のための習作とは正反対である。そうではなくて、リヒターが極度の集中のもとに絵を描いて過ごした数ヶ月の残響だ──。小型の画を、今度は違う媒体(レター判の普通紙)で仕上げたのである」(『美術手帖』2022.7)

リヒター作品

《2.1.2022》2022, pencil, ink and color ink on paper, 20.7 × 29.3 cm

31点組の《Elbe [Editions CR: 155]》(2012年)という作品もこの展覧会に同時に展示されているが、これは1957年、当時25歳のリヒターがスケッチブックにゴムローラーを用いて描いた版画作品が元になったエディション作品だ。リヒターが西ドイツに渡る際、友人に預けていたオリジナルの版画を1989年に再び手にし、2012年に精密な写真撮影とインクジェットプリントとで再現された。後年のリヒターの絵画の萌芽ともいえるものが読み取れる。抽象を具象に見立てていたり、人物を描き加えていることなど興味深い。

リヒター作品

《Elbe [Editions CR: 155]》2012, 31 digital ink jet prints, each 29.5 × 21.5 cm, 2 of 2 a.p. ©️ Gerhard Richter 2022(0051)

1957年に描かれた作品(を元にしたエディション)と2022年に描かれたドローイング作品が並ぶ貴重な展覧会である。さらに3つのエディション作品も展示されている。

展覧会は事前予約制。週末や会期終了直前は混雑が予想されるので早めに予約を。

ゲルハルト・リヒター
1932年生まれ。東ドイツで美術教育を受けたが、西ドイツ旅行中に出会った抽象表現主義に強い影響を受け、ベルリンの壁ができる半年前に西ドイツへ移住。デュッセルドルフ芸術アカデミーで学んだ後、コンラート・フィッシャーやジグマー・ポルケらと「資本主義リアリズム」運動を展開。1964年にミュンヘンで展覧会に参加、デュッセルドルフで初の個展を開催し、1972年のヴェネチア・ビエンナーレを皮切りに、ドクメンタ5以降、複数回参加するなど、多数の国際展に参加。1997年、第47回ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞を受賞。これまでに世界のトップミュージアムで多くの個展が開催され、主な会場にはポンピドゥー・センター(パリ、1977年)、テート・ギャラリー(ロンドン、1991年)、ニューヨーク近代美術館(2002年)、テート・モダン(ロンドン、2011年)、メトロポリタン美術館(ニューヨーク、2020年)など。2016年には、初のパーマネントスペースを瀬戸内海の愛媛県にある豊島(とよしま)にオープンしている。

ゲルハルト・リヒター「Drawings 2018-2022 and Elbe 1957」
会期:〜7月30日(土)
会場:ワコウ・ワークス・オブ・アート
住所:東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル3F
TEL:03-6447-1820
開館時間:オンライン予約制
休館日:日・月曜、祝日

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

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アートというお買い物

美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

TEXT=鈴木芳雄

PHOTOGRAPH=All images ©️ Gerhard Richter, courtesy WAKO WORKS OF ART

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