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2022.06.28

美術ジャーナリストが偏愛する"買えるアート"公開

美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が、”買う”という視点でアートに切り込む連載「アートというお買い物」。今回は、自分が買って持っているものについて書こうと思う。とは言っても、高い美術品は欲しくても買えなくて、美術書の特装版とかではあるけれど。そういうものは1年に1冊くらい買っている。たとえばこれ。大好きな画家モランディがアトリエに遺したオブジェを、これまた大好きな写真家マイロウィッツが1点ずつ撮影したもの。しまいには実際にアトリエに行きたくなって、ボローニャの郊外まで行ってしまった。【過去の連載記事】

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ボローニャ近代美術館(MAMbo - Museo d'Arte Moderna di Bologna)でのジョルジョ・モランディ作品の展示風景。撮影/筆者

多くの写真家が魅せられるモランディのアトリエ

イタリアの画家、ジョルジョ・モランディ(1890年-1964年)。20世紀を振り返れば、抽象絵画に始まり、さまざまな芸術運動が生まれた。そんな時代に独自のスタイルを貫いた画家。現在も多くのファンを持っている。寡作ではないけれど、描いたものは限られていて、有名なのは壺や瓶や水差しや筒を並べて描いた絵。あとは花瓶に差した花。そして、自分が住んだ場所の周辺の風景画だ。

イタリア北部の街、ボローニャに生まれ、ボローニャで亡くなった。その生涯のほとんどをボローニャとボローニャ近郊のアペニン山脈の麓の町、グリッツァーナで過ごした。ローマやフィレンツェなどイタリア国内はときどき旅しているのだが、国外には66歳でパリに旅行したのとあと一度だけである。

活躍したのは、20世紀の前半から中頃。エゴン・シーレ(28歳没)やマン・レイ(86歳没)と同じ年生まれと言われてもちょっとわかりにくい。熊谷守一はモランディの10歳上(!)で、亡くなったのはモランディ没年の13年後。さらにわかりにくいかもしれないけど。

モランディが晩年、1年のうち9ヶ月を過ごしたボローニャのアパート、3ヶ月を過ごしたグリッツァーナの家、それぞれにアトリエを持っていたが、共に現在も保存されている。

アトリエを撮影した写真はモランディと同郷の写真家ルイジ・ギッリ(1943年–1992年)のものが最も有名だ。その写真は日本では『須賀敦子全集』(河出書房新社)の装丁に使われたので、見覚えのある人も多いだろう。ルイジ・ギッリ以外にも、多くの写真家がモランディのアトリエを撮っている。被写体として、魅力的だからだろう。

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JOEL MEYEROWITZ『MORANDI’S OBJECTS』2015年 Damiani刊
左はプリント。裏にマイロウィッツのサインとエディション表記。右が写真集。クロス張りハードカバーでタイトルは背に箔押し。

名作写真集『CAPE LIGHT』などで知られるアメリカ人の写真家ジョエル・マイロウィッツ(メイヤーウィッツ、マイエロヴィッツなどとも表記される)もモランディのアトリエを訪れて撮影した。ただし、彼のアプローチはそれまでと少し違った。アトリエにあるオブジェ、つまりモランディが描き遺した壺や瓶、水差しなどを一つ一つ、ていねいに撮影していったのである。貝殻やブリキの函、ウクレレやラッパのおもちゃも写された。

マイロウィッツによれば、モランディのボローニャのアトリエにはオブジェが260点以上あり、そこからセレクトしたものを2015年の春に2日間かけて撮影したそうだ。モランディは木のテーブルの上にオブジェを置いて絵を描くのだが、そのときテーブルに鉛筆でマーキングする。一度つけたマーキングは消さないので、その鉛筆の痕跡は重なって残っていく。マイロウィッツはその机の上にオブジェを置いて自然光で撮影した。背景もモランディが使った紙バックだ。

この写真集を見つけたとき、迷わず買った。6,000円くらいだったかと思う。モランディの絵を知らない人には、こんな写真集のどこがいいのだろうと思われるかもしれない。ガラクタばかりを撮った写真。でも、そのオブジェを絵で見たことがある人にとっては、絵のメイキングのようでもあり、絵を分解してくれてるような気がするのだ。本はクロス張りのハードカバーで縦の長さが32センチくらい。ページは120ページくらいある。

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amazon.comで買った「WHITE BOTTLES」のプリント付きの方。

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プリント裏にJoel Meyerowitzのサインとエデション表記。これは20/25

あるとき、僕が銀座 蔦屋書店でいくつか写真集を見ていて、この本があったので、パラパラと眺めていたら、知り合いの店員が「それ、いいでしょう」と声をかけてくれた。僕は「いや、もう持ってるんですけどね」と言うと、彼はガッカリするかと思ったら、さらに「鈴木さん、それ、特装版があるの、知ってますか?」と言う。続けて「サイン入りのプリントが1枚付いて、箱に入ってて」と言って、見せてくれた。プリントのエディションは25。値段は12万円くらいだったけれど、6,000円の並装版を買ったとき以上の早い決断で買った。

その後、アメリカのamazon.comで別のプリントが付いている特装版を見つけたので、また買った。こちらは1,000ドルくらいだったと思う。

いろいろ調べてみると、マイロウィッツはペンタックス67IIを使って撮影したようだ。彼は『CAPE LIGHT』を8×10で撮り、『WILD FLOWERS』は35mmで撮っている。この写真集もフィルム撮影だが、付属のプリントはデジタルプリントだろう。ちなみに前述のイタリア人写真家、ルイジ・ギッリはマミヤの67で撮影している写真が残っている。

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グリッツァーナにあるモランディのアトリエ。ルイジ・ギッリが撮影したときには無かったアクリルの結界が設置されてしまった。撮影/筆者

ところで、この写真集を手に入れたあと、僕は2018年にボローニャとグリッツァーナ、2つのアトリエを見に行った。ボローニャでレンタカーを借りて、ちょっとしたドライブだった。行ったのは10月だったので、避暑のために滞在したモランディは留守の時期だったかと思ったが、調べてみると年によってはそれくらいまで、ここグリッツァーナで過ごすこともあったようで、モランディが見て、それで描いたのと同じ光を僕も見られたのかもしれない。

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ボローニャにあるアトリエ。こちらは室内に入ることは叶わず、廊下から撮影するので、角度が固定されてしまう。撮影/筆者

さらに、画家のアトリエでオブジェを撮る、マイロウィッツによるシリーズには、ポール・セザンヌのアトリエでオブジェを撮ったもの『Cézanne's Objects』があって、こちらも特装版を入手した。この本についてはまた、機会があったら書きたい。セザンヌのアトリエは南仏のエクス=アン=プロヴァンスに保存されていて、そこにも2回行ったことがあるので。

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JOEL MEYEROWITZ『CÉZANNE’S OBJECTS』2017年 Damiani刊

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

【連載 アートというお買い物】

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アートというお買い物

美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

TEXT=鈴木芳雄

PHOTOGRAPH=古谷利幸

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