地球とは異なる環境に建設される宇宙建築。そこに挑む建築家の発想は意外にも「住むのは人である」という至極当然なものだった。マーズ・アイス・ハウスで国際的に注目されたクラウズ・アーキテクチャー・オフィスに、これからの建築の標準ともいえる地球を含めた宇宙の家の在り方を聞く。
「住むのは人間。地球も火星も考え方は同じ」
ニューヨークを拠点に活動する建築家・曽野正之さん、妻の祐子さん、オスタップ・ルダケヴィッチさんからなるクラウズ・アーキテクチャー・オフィス(以下クラウズ・アオ)は、数々の宇宙建築を発表している稀有なチームだ。彼らが世界的に注目を浴びたのは、2015年にNASAが開催した火星基地設計コンペで優勝したこと。その作品は、「氷の家」という実に突飛な発想のものだった。
コンペには「宇宙線から居住者を保護する」「資材は現地調達」「3Dプリンターで建設可能」などの条件があり、それまでは地面を掘ったり核シェルターのような建築が定説とされていた。曽野正之さんは言う。
「我々も当初は、その方向でアイデアを練っていましたが、途中で放棄したんです。窓もほとんどない閉鎖空間は、人間の住む場所ではないと」
リサーチを進めて突き当たったのが、「氷は宇宙線を効率よく遮蔽(しゃへい)し、同時に光を通す」というファクトだった。
「自然光が入り日夜のサイクルを感じるだけでなく、居住者は外の風景を見ることができるようになる。火星は高低差が大きく、ドラマチックな眺めが楽しめる惑星ですから」
マーズ・アイス・ハウスは、非対称の形状になっている。採光を考慮すると同時に、つぼみを連想する形から、建築に動きと象徴性を出すことが狙いだったという。
「遠出から帰ってきて、火星にある我が家が見えた時、その方角によって異なる表情を出したかった。それにより、家に愛着が生まれます」
クラウズ・アオの設計の中心は、あくまでも“人”なのだ。「住むのは人間ですから、地球と火星の建築を分けては考えません。建築家は、住む人のために家をデザインする。そこは同じです」(ルダケヴィッチ)
実はこのコンペ、NASAとしては初めて、エンジニア以外に開放しての開催だった。宇宙が、デザインの力を求める段階に入ったということだろう。
建築は空中に、そして宇宙に出ていく
クラウズ・アオは、ANAとJAXAが進める「AVATAR X」プログラムの地上実証フィールド「AVATAR X Lab@OITA」のシンボルビルの設計も行っている。隕石孔のような大きな窪みに、ワイヤーで支持された空中建築だ。
「建築物を古代から現代に並べると、近代になって軽量化と高層化が爆発的に進んでいます。その方向性を延長すると、空中に出ていくことになります」
地面から離れることで、災害リスクも軽減できるという。
「10年以上前に空中建築を提案した時は、笑われたことも(笑)。でも建築史と防災というふたつの観点から考えると、私たちのなかでは必然の結論でした。宇宙建築の手法を逆輸入し、地球で貢献するという発想です」
同プロジェクトでは、人間の分身となるロボット、宇宙アバターのデザインも行っている。
「最初にアバターの仕様書を渡されたのですが、技術的な機能面だけを規定した内容で、当然のことですが、人とリレイトするという観点はありません。そこに文化的な側面を補い、意味を与えるというのが我々の仕事だと思います」
最後に、終の住処はどの星に定めたいかと聞くと、「地球!」というのが3人の答えだった。
「宇宙建築に没頭していると、風が吹く、雨が降るという地球の当たり前が、なんて贅沢なものであるかと気づかされます。地球で生まれた私たちは、やはり地球で生涯を閉じたいですね」(曽野祐子)
何世紀かの後、火星で生まれた子供たちも現れてくることになる。その子供たちは、火星で生涯を終えたいと考えてくれるだろうか。そうなるように、建築家たちは、人間と建築の関係を考え続けている。
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