18世紀に建てられたパリの歴史的建造物が、現代美術館として蘇った。この改修を手がけたのは、日本が世界に誇る建築家、安藤忠雄だ。
現代美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」がパリに誕生
神殿のような円形の建物の中に入ると、自然光が注ぐ巨大な吹き抜け空間に、円筒型の鉄筋コンクリートの構造が現れる――。
パリ1区。ルーヴル美術館からもポンピドゥーセンターからもほど近いレ・アール地区に、日本を代表する建築家、安藤忠雄が手がけた美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」が誕生した。新型コロナウイルスの感染拡大により、開館は延期に次ぐ延期。当初の予定より約1年遅れの5月22日だった。
建物自体は、18世紀に穀物取引所として建てられ、その後商品取引所として使われたドーム状の丸屋根を持つ歴史的建造物。その建物を、安藤は現代美術館として再生させた。元の建物はいじることなく、内部に直径29メートル、高さ9メートルの巨大なコンクリート製の円筒を挿入。そこは建築と技術の営み、過去の遺産と現代の創造、展示物と鑑賞者の対話の場として機能する。
建設中の2018年、パリの現場を訪れた安藤は、ゲーテの取材にこう語っている。
「私が目指しているのは、いつまでも心に残る建築。そのうえで大切にしてきたのは、『あるものを生かしてないものをつくる』という考え方です。今回のプロジェクトは、まさにそれを体現するもの。ここに来た人は『自分は過去に向かっているのか、未来に向かっているのか。それとも現在なのか』を自問してほしい。なぜなら、それは自分自身を考えるということですから。そして、新旧の対話、それは社会も一緒です。若い人が年配者を支える世の中でなくてはいけません」
今回の依頼主は、グッチ、サンローランなどを擁する世界的なラグジュアリーグループ、ケリングの創業者で、フランス財界の「顔」であり、アートの世界でも最も影響力の大きい人物のひとり、フランソワ・ピノー氏だ。新しい美術館では、自身のアート・コレクションを披露。公的なサポートを受けることなく、事業費をすべて自らの財団で負担するという。
そのピノー氏と安藤の付き合いは長い。最初の出会いは2001年、ピノー氏がコンペを実施し、安藤が勝利して進めることになったパリ・スガン島の現代美術館プロジェクトだ。このプロジェクトは諸事情により中止になったが、その後、イタリア・ヴェネチアで「パラッツォ・グラッシ」「プンタ・デラ・ドガーナ」「テアトリーノ」といったプロジェクトをともに遂行してきた。今回はピノー氏の出身地たるフランスで、ふたたびタッグを組むことに。そこには、施主と建築家の20年にも及ぶ強い信頼があったのだ。
「ピノーさんには、パリの街に新たな歴史を加えるのだという強い覚悟と責任感があります。勝負を賭ける姿勢に感銘を受けて、また一緒にやることにしました」
パリの街を舞台に、時を超えて生まれ変わったブルス・ドゥ・コメルス。今、世界中のアートファンが訪問を熱望する新名所を、次にパリに訪れるときは必ず立ち寄りたい。
Tadao Ando
1941年大阪府生まれ。独学で建築を学び、’69年に安藤忠雄建築研究所を設立。代表作は「住吉の長屋」「光の教会」「ピューリッアー美術館」「地中美術館」など。プリツカー賞、文化勲章をはじめ受賞歴多数。2021年4月、フランスのレジオン・ドヌール勲章コマンドゥールを受勲した。
Bourse de Commerce
2021年5月22日に開館。実業家、フランソワ・ピノー氏の現代アートコレクションを展示する美術館。ガラスの円天井と圧倒的な壁画は必見。
住所:2 Rue de Viarmes, 75001 Paris
電話番号:+33 1 55 04 60 60
開館時間:11:00〜19:00(金曜、第1土曜は〜21:00)
休館:火曜
料金:18ユーロ
https://www.pinaultcollection.com/en/boursedecommerce