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2026.03.31

食べログフォロワー数日本一・川井潤が感動した南木曽の森の料理

広告代理店勤務時代にはさまざまな食のプロジェクトを手掛け、伝説のテレビ番組『料理の鉄人』のブレーンも務めた川井潤さん。現在は食関連のプロデューサーとして、自分の目で舌で味わうのはもちろん、現地に赴き風土に触れ、生産者に直接会うことを信条に活動する。そんな川井さんが最近感動したローカルガストロノミーをレポートする。

木曽の食材によるガストロノミーイベントが開催

昨年2025年初頭。初めてふらりとお邪魔した長野県の南木曽エリア。僕も普通の観光だったら、木々に囲まれた中山道沿いの宿場町の散策、円空仏を見たり、長い歴史を持つ木地師の作る「南木曽ろくろ細工」のお店を覗いたり、串に潰したうるち米に味噌ダレや醤油ダレをつけた郷土料理の「五平餅」を食べて、「うん、自然に囲まれて空気も綺麗で、心地良い所だった。こんな感じね。以上」で終わるはずの旅だった。

長野県の南木曽エリア。
岐阜県に隣接するエリアで94%を森林が占める。外国人がトレッキングして自然を楽しむ姿をよく見かけた。

しかし、訪問した次の月に代官山で「南木曽『ウェルネス農泊』推進協議会」によるイタリアのミシュランシェフを呼んで木曽エリアの食材を使った料理を提供するガストロノミーイベントがあり、それを体験する機会をたまたま得てから、不思議にこのエリアに興味を持つようになった。

その時に招聘されたシェフはイタリア北東部、エミリア・ロマーニャ州にある「daGorini」のシェフ、ジャンルカ・ゴリーニ氏。彼の営業するレストランのあるエミリア・ロマーニャ州も森に囲まれ、レストランでは森の食材を上手く使っているんだそう。

そして、そのジャンルカシェフが作った料理で一番印象に残った料理が「森のスープ」。それは数種類のキノコをそれぞれの個性に合わせて調理法を変え、最後に合わせて再構築したもの。香茸で出汁をとり、シメジは蒸して、細かく刻んだ舞茸は味噌炒めにして、エノキは薪で焼き、ナメコは焦げ付かせて、それを合わせてスープに。上にはなんと檜の葉を乗せ、それも少しづつ食べる。 濃厚とは言わないまでも味はしっかりしていて、妙な後味もなく、かなり美味しかったことを覚えている。

スロベニアのミシュランシェフが木曽で食材探し

さて、今年2026年も主催者である「南木曽『ウェルネス農泊』推進協議会」が 森林率6割のスロベニアから、ミシュラン1つ星&グリーンスター獲得レストランである「Grič (グリチュ)」のシェフ、ルカ・コシル氏を招聘し、木曽の食材を使って料理するイベントを実施することが耳に入ってきた。今回もまたどんな料理が出てくるのか、楽しみに参加させてもらうことにした。あの世界一のフーディーの浜田岳文さんも気になりな、まだ未訪問の店だそうだ。

スロベニアの人気レストラン「Grič (グリチュ)」。ルカ・コシル氏
スロベニアの人気レストラン「Grič (グリチュ)」。ルカ・コシル氏は、世界中のフーディーが熱い視線をおくるシェフだ。

その前に、そのルカシェフが数日間木曽の食材探しに生産者をまわるということを知り、いても立ってもいられず、それに同行させてほしい、と主催者に図々しくお願いしてみた。最初は難色を示していたものの、おとなしく付いていくだけを条件に参加を許してもらった。

無農薬で南木曽発祥の在来種の蕪をはじめ自然野菜を作る農家「みなとや」。山麓でヤギを飼育しヤギのチーズを作る「MAUKA LANI GOAT FARM」。木曽伝統の漬物すんきを広める「木曽すんき研究会」。木地師たちがポケットの中に塩漬けした山菜「イタドリ(ポリポリした食感で美味しい)」を持って山に入った食文化を伝承する「広瀬いたんどり会」など。

「みなとや農園」の農家の西尾美佐緒さんとルカシェフ。
「みなとや農園」の農家の西尾美佐緒さんとルカシェフ。
「MAUKA LANI GOAT FARM」
水も空気も綺麗でストレスフリーの環境で育てられた山羊のチーズは「MAUKA LANI GOAT FARM」(マウカラニはハワイ語で山の天国の意)。
300年以上前から南木曽で塩も使わず乳酸発酵させた赤蕪の葉っぱが保存食になった「すんき」。
300年以上前から南木曽で塩も使わず乳酸発酵させた赤蕪の葉っぱが保存食になった「すんき」。

ルカシェフは南木曽の森の食材、そして、この土地ならではの発酵文化や伝統食に興味をもったようだった。こちらも出来上がった美味しい料理を目の前に出されて食べるだけでは飽き足らない。使う食材を作っている方、その作るプロセス、森の中に入ってその土地の環境などを知ってから食べるのでは、感動、印象がまったく違うのだ。

そして、もうひとつ感動的だったのが、このルカシェフの下での研修に応募してきた若手料理人たち。基本無報酬ながら彼から学びたい、そしていつか自分も地方に店を作りたいと考えている料理人たち(今もそれぞれ有名店にいたり、学生だったり)をたくさん知り得た。

ひょっとして、彼らが過疎化する日本の地方を救う人たちになるのではないか? 日本を美食の国としてこれからも引っ張っていってくれるのではないか、と思えるほど、勉強もしていて知識も豊富であることに驚かされたし、頼もしくも思えた。

ルカシェフと若き料理人たち。
ルカシェフと若き料理人たち。

森を食べる

さて、代官山で2月に行われたガストロノミーイベント、その名も「森を食べる」で提供された料理をここで紹介する。

コース料理の構成は以下。❶森のドーナッツ、❷森の“サーモン”、❸森のフォワグラ、❹森の猪、❺森の麹、❻森の卵と野菜、❼森の野草、❽森の鹿、❾森の山羊、➓森の柿。

そのなかから今回、特に印象に残った料理をいくつか取り上げさせていただく。ペアリングも千葉県にある、薬草園を蒸溜所にして話題を集める「ミトサヤ」江口宏志さんが協力していて、なかなか楽しかった。

森の料理には森のお酒がよく合う。
森の料理には森のお酒がよく合う。

❸「森のフォアグラ」はルカシェフのエシカル意識から作られたもの。従来のフォアグラはガチョウや鴨の喉に鉄パイプを挿入し、大量の餌を流し込む「ガバージュ」と呼ばれる強制給餌で無理やり太らせた肝臓。シェフはそれに抵抗があり、ここではなんと「エリンギ」を素材にしてフォアグラの味を創り出している。

いわゆるイミテーション料理だが、10年かけてシェフが考案してスロベニアでも提供している料理。エリンギを細かく刻み2時間以上ゆっくりソテー、さらにキャラメリゼしてミルク、卵を混ぜて作るのだそう。なかなかどうして、ちゃんとフォアグラに似た美味しい味わいになっている。

そして、その横に添えられているチップは味噌から作られており、サクサク食感で心地よい。この味噌もまた木曽福島の「小池糚店」が無農薬の大豆と米を使って丁寧に作ったもの。昔ながらの「味噌玉製法」を採用しているが、今では日本に10軒あるかないかの貴重な作り方だ。

森のフォアグラ
森のフォアグラ

❹「森の猪」はスロベニアの郷土料理である小ぶりなダンプリング「ジュリクロフィ」をモチーフに、本来は中に入れるのは、ジャガイモ、玉ねぎ、使う脂も豚の背脂。だが、ここでは先述の農家の西尾さんが手掛ける木曽蓮根を刻んで使い、豚の背脂の代わりは60年の猟師歴を持つ「苗木ジビエ」樋田進一さんの天然の猪の背脂。

下にも猪のラグーが添えられ、まったく臭みもなくスムーズながら深みある味わい。さらにその下に先述の木曽地方の乳酸発酵の葉っぱ「すんき」も添えられ、酸味は旨みに通じる概念として楽しませてくれる。

それにしても樋田さんはジビエの臭みが出るのが嫌で3回も丁寧に血抜きをしているらしい。この方の処理したジビエを最初に食べていたら、きっとジビエが苦手な人なんて世の中にいなかったかもしれないと思えるくらい。

森の猪
森の猪

❺「森の麹」は中津川エリアにある「北原こうじ店」で作られた麦麹の食感をシェフが直感的にリゾットに使いたい、と思い作ったもの。その食感はアルデンテそのもの。

上に乗る具材には5時間かけて焼いたイワナ、泡も木曽の森の木々から取ったエキスを使って作ったという木曽ならではのひと皿。この自然の木々の可能性もすごいが、食感や全体の味のバランス含めてかなり美味しい。

森の麹
森の麹

デザートは❾「森の山羊」と命名されたひと皿。先述の「MAUKA LAI GOAT FARM」の山羊のシェーブルチーズをムースにし、上にはスライスされたキウイ。これ、南木曽で宿も経営し、100種以上の農作物を作る名物農家「つたむらや」(どぶろくまで作っていて、今回最初の料理のペアリングにも出てきた)が秋冬に採ったキウイに熟成をかけドライにし、手間暇かけて甘みと酸味を楽しませる工夫をしたもの。本当にその手間には頭が下がる。

森の山羊
森の山羊

そして最後の➓「森の柿」。ルカシェフはスロベニアでは旬の果物を使って出すそうで、今回日本の干し柿をたいそう気に入って使ったもの。

元々シェフは日本の柿が美味しいと聞いて楽しみに来日したそうで、干し柿の美味しさに驚いたそう。ジンやら酢橘のジュースでマリネした干し柿とフレッシュな柿を合わせ、蒸しチョコレートの上に綺麗に盛り付けた一品に、さらに梅干しパウダーをかけて完成させる。いろんな甘さと酸味と複雑な要素が上手くマッチしていた。

森の柿
森の柿

ローカルが日本を支える時代へ

こうした南木曽近辺やローカルならではの、地元生産者が手塩にかけて育てた少量生産の採れたて食材を使った料理。それを食すことが、地方ならではの楽しみ。

さらに土地の生産者にお会いして、その食材等の作り方を見てから食事をとると、もっと豊かになる。そしてローカルがとても可能性の塊に見えてくる。

イタリアがナポリではナポリピザ、ローマではカルボナーラ、フィレンツェではトリッパ・アッラ・フィオレンティーナ(トリッパとトマト煮込み)、シチリアではアランチーニ(ライスコロッケ)がその土地ならではの食べ物になっていったように、それぞれのローカルで独自に発展。日本も従来の郷土料理とも違う新世代の地域ならではの料理の時代が訪れてきている気がする。

僕自身は前回のイベントを体験した時は、単なる有名シェフを呼んだ、その土地に来ないと食べられないローカルガストロノミーの意味合いだと思っていた。だが、今回垣間見た海外人気ミシュランシェフを参考にした日本の若手シェフの育成、しかもそれが将来ローカルで店を開きたい若手料理人であったことには大いに感銘を受けた。

さらに、ここには詳しく書かなかったが、従来の古道と宿場町、古民家群、森や山や渓流の自然に加え、その土地ならではの(例えば空や川のアクティビティなど)世界基準の高付加価値をもったエクスペリエンスの開発、宿泊施設の整備などがされていることも、ローカルを訪れる楽しみとなっている。

1日1組限定のプライベート・リゾート「ZENAGI」では、パラグライダーなどの体験型アクティビティを提供する。
1日1組限定のプライベート・リゾート「ZENAGI」では、パラグライダーなどの体験型アクティビティを提供する。
ラフティングやSUPでの川下りの他、シャワークライミング、トレッキングなどのアウトドア体験を楽しめる。
ラフティングやSUPでの川下りの他、シャワークライミング、トレッキングなどのアウトドア体験を楽しめる。

すぐにリターンを求める短期発想でなく、30年、いや100年構想で南木曽以外にも、日本の他の地域で、僕の知る限りでも動き始めている人たちがいる。安全な食料を供給するために北海道で東京ドーム約65個分の牧場を作っている若者がいたり、将来を支える人材の教育に携わる人たちが蠢き始めていたり。やがていつかそれらはゆるく繋がり始め、新たな日本の力になりそうで面白い。

ワクワク出来る日本が見えてきた。

川井潤/Jun Kawai
地方創生活動を特に食分野でサポート。福島県西会津町応援大使、高知市の土産物プロデュース、その他石川県、福井県、千葉県、長野県、北海道などの企業アドバイザー、東京では渋谷区のCFO(Chief Food Officer)を務める。元博報堂、食べログフォロワー数日本No.1(約62800人)。

問い合わせ
南木曽「ウェルネス農泊」推進協議会 https://nagiso-wellness-tourism-council.com

TEXT=川井潤

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