GOURMET

2022.06.25

【奥入瀬渓流ホテル】渓流、銘醸ワイン、青森の旬で五感を刺激するペアリング──短期連載「ワインをお供に美味しい旅 in 星野リゾート」Vol.2

各地の特徴を活かしたガストロノミーと、選び抜かれたワインのペアリングを提供する星野リゾート。その食体験を短期連載でお届け。第2回の舞台は青森県。十和田八幡平国立公園を流れる奥入瀬渓流沿いのリゾートホテル「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」だ。メインダイニングのフレンチレストラン「Sonore(ソノール)」では、地元の食材を用いたクリエイティヴなフランス料理と、ソムリエが厳選したじつに精妙なペアリングを楽しむことができる。五感を刺激するその体験をご紹介しよう。【過去の連載記事】

渓流テラス

レストラン名の「Sonore」は、「朗々と響かせて」という意味の音楽用語。まずは渓流沿いのテラス席で奥入瀬渓流の瀬音に耳を傾けながらアペリティフ。渓流の流れに見立てた器には、それぞれシャンパーニュにぴったりのアミューズが5品盛られる。

郷土料理をモダンなフランス料理にアレンジ

「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」は青森県の三沢空港からクルマで約1時間。周囲をブナやカツラの木々に囲まれた、大自然のど真ん中にある。奥入瀬は芸術家の岡本太郎が生前こよなく愛した土地でもあり、館内には岡本の遺作となる大暖炉「河神」など、3点の岡本作品に触れることができる。

客室は渓流に面した露天風呂テラス付きの部屋も3室用意されている。たとえ部屋に露天風呂が付かなくとも、大浴場の露天風呂も渓流沿い。鳥のさえずりや渓流のせせらぎを聴きながら、早朝に入る露天風呂はじつに気持ちが良い。

そんな「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」のメインダイニングがフレンチレストラン「Sonore」だ。

岡亮佑シェフの料理は地元の旬の食材を用いつつ、郷土料理を独自に解釈のうえアレンジするなど創意工夫に富んだもの。たとえばコースの最初の皿として出てきた「イガメンチ」は、津軽地方、とくに弘前のB級グルメとして知られる郷土料理のひとつで、本来は残ったいが(イカ)のゲソを包丁でたたき、余り野菜と小麦粉を混ぜ合わせて揚げたメンチカツだ。それを岡シェフは、細かく刻んだタケノコを加えて食感を豊かにし、佐井村で採れる特別な寒海苔のソースを添えて立派なフレンチに仕上げた。見た目も美しく、磯の香りも芳醇。もちろん美味。これに奥入瀬渓流のせせらぎが加わることで、視覚(外観)、嗅覚(香り)、味覚(味わい)、触覚(食感)、聴覚(音)の五感を刺激する料理が完成する。

渓流テラス

渓流沿いに設けられたテラス席でのアペリティフ。この日のシャンパーニュはピエール・トリシェの・ブリュット・プルミエ・クリュ。3つの品種がバランスよく配合され、調和のとれた味わい。ソムリエの鈴木良隆さんは2009年に星野リゾート入社。「軽井沢ホテルブレストンコート」のユカワタンに勤務の後、2019年から「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」のソムリエを務める。

料理

「イガメンチ」は弘前名物のB級グルメで、イカのメンチカツ。それを津軽地方出身者もびっくりのモダンなフレンチにアレンジ。希少な佐井村の海苔のソースと一緒にいただく。鈴木ソムリエがイメージしたのは地中海。そこで合わせたワインは、プロヴァンスのロゼだ。海苔のソースのヨード感と、潮風の香りをもつこのロゼワインが見事に調和。

ワインセラーに並ぶグラン・ヴァンの数々

さらに華を添えるのが、鈴木良隆ソムリエが選ぶ珠玉のワインである。ダイニングに面したガラス張りのセラーには、ブルゴーニュの希少な銘柄を筆頭にグラン・ヴァン(=偉大なワイン)がずらり。ワインリストを開くと、造り手ごとに銘柄が並んでいるのがマニア心をくすぐる。シャンボール・ミュジニーのコント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエにジョルジュ・ルーミエ、ヴォーヌ・ロマネのメオ・カミュゼとその名前を挙げれば、さぞや目の色を変える読者もいることだろう。しかも、ルーミエのシャンボール・ミュジニー・プルミエ・クリュ・レ・クラが38,500円、メオ・カミュゼのグラン・クリュ・クロ・ド・ヴージョが66,000円など、都内のレストランで飲むよりも断然リーズナブル。銘酒の穴場を奥入瀬に発見した。

しかし、そうしたグラン・ヴァンをじっくり味わうのは2回目あるいは3回目の逗留の楽しみにとっておくとしよう。初めて訪れたビジターが選ぶべきは、鈴木ソムリエが綿密に計算したワインのペアリングコースなのである。

ワイン

ワインセラーに収まるグラン・ヴァンの数々。ご覧のように今や入手困難なブルゴーニュの銘酒が並ぶ。思わず、「このルーミエのシャンボール・ミュジニー1本、次回伺う時まで取り置きしてください」と言いそうになった。

ワイン

鈴木さんがオンリストするワインの基準は「その1本で大きな満足度が得られる」こと。後述するペアリング用のワインとは明確に線引きがされており、オンリストされたワインがペアリングに使われたり、その逆はごく稀と言う。

調理中

海の幸も山の幸も豊富な青森県。岡シェフは仕入れ先にもこだわり、鮮魚は青森市の塩谷魚店から。ストレスを与えない神経締めのおかげで、鮮度が高く、身質の優れた魚が手に入る。

料理の焦点が明確ゆえに、ワインペアリングに迷いなし

「岡シェフの料理はワインと合わせやすい」という鈴木ソムリエ。その理由は、「何を食べさせたいかがはっきりしている」から。ディナーコースのメニューには、「鮪 春キャベツ」や「山菜 馬肉」のようにふたつの食材が併記されることが多い。こうなるとどちらにワインをフォーカスすべきか、ふつう、ソムリエは悩んでしまう。しかし、岡シェフの料理の場合、前者なら鮪、後者なら山菜と、フォーカスする食材がはっきりしている。だから、ワインのペアリングで迷うことがないのだそうだ。

またそのチョイスに、ワイン好きの知的好奇心をくすぐる「遊び」を入れるのが鈴木流。フランスワインを基本としつつ、9杯のうち2杯は未知の世界のワインを入れる。今回はセルビアのスパークリングワインとドイツの甘口ピノ・ノワールが選ばれた。さらには、フランスワインといっても王道のブルゴーニュ、ボルドー、シャンパーニュにとどまらず、あまり馴染みのないフランス東部、ジュラ地方のワインを加えたりもする。

たとえば先に挙げた「鮪 春キャベツ」の場合、「鮪にピノ・ノワールは譲れない組み合わせ」と鈴木ソムリエは言うものの、ここで安易にブルゴーニュへ流れたりはしない。広大なブレス平野を挟んで、西のブルゴーニュと東のジュラは従兄弟のような関係で、ジュラでもピノ・ノワールやシャルドネが栽培されている。「この料理にぴったりのピノ・ノワールを見つけちゃいました」と、満面の笑みを浮かべながら、鈴木ソムリエはジュラのピノ・ノワールをグラスに注いだ。

青森で鮪といえば大間である。天候にもよるが、「Sonore」では基本的に大間の本鮪しか使わないという。とくにこの時期の本鮪は赤身が美味。なめらかな舌触りで旨味がぎゅっと詰まったジュラのピノ・ノワールが、本鮪本来の赤みの美味しさを引き立てる。

料理

春キャベツのチュイルの下には、特製の魚醤のタレで味付けした鮪と火を入れた長芋、それにウズラの温玉。ペアリングの焦点はずばり鮪。銀座の寿司屋でも漬け鮪にピノ・ノワールは鉄板だが、ブルゴーニュではなくあえてジュラを選ぶところにこだわりを感じる。実際、テクスチャーのなめらかさと旨味成分の豊かさが見事にシンクロ。

ジュラのワインはもう1本。「棘栗蟹(とげくりがに)」に合わせたヴァン・ジョーヌだ。直訳すれば「黄色いワイン」。サヴァニャンというジュラの土着品種から造られた白ワインを、目注ぎせずに樽熟成。すると、ワインの表面にフロールと呼ばれる酵母の膜が発生する。その状態でおよそ6年間寝かせると、アーモンドやヘーゼルナッツ、それにカレーなど、複雑なフレーバーを持つヴァン・ジョーヌとなる。一般の白ワインよりも黄色味が強く、だから黄色いワインと呼ばれる。

棘栗蟹は栗のように甘い味わいの蟹で、これがナッティさも相まり、ヴァン・ジョーヌとの相性はすこぶる良かった。

料理

青森県の棘栗蟹にスパイシーな軍鶏、アブサンの泡を上に乗せ、濃厚なビスクソースを垂らす。ここでシャルドネを選ぶのは中級ということだろう。鈴木ソムリエのチョイスはジュラのヴァン・ジョーヌ。フロール下での長期熟成がもたらす複雑な香味が、このさまざまな要素が組み合わさり、濃厚な味わいに仕上がった料理とひとつにまとまる。

料理

食事中の筆者。独創的な料理の美味しさと、遊び心にあふれたワインのチョイスに、思わず笑みがこぼれる。

セルビアのスパークリングワインに、ドイツ甘口ピノ・ノワールの変化球

鈴木ソムリエが「遊び」のワインとしてペアリングに差し込んだセルビアのスパークリングワインは、コースの4品目、郷土料理の豆しとぎをアレンジした「旬豆 帆立 モリーユ」で登場。豆しとぎは青森の伝統的な菓子で、煮て潰した青大豆(枝豆)に米粉と砂糖を加えた餅のこと。岡シェフは帆立を詰めた豆しとぎのラビオリに、モリーユ茸と旬豆を添え、立派なフレンチにアレンジした。

コースの途中でスパークリングワインを挟んだ理由は、「この後、濃厚な料理が続くので、口の中をリセットするため」。「セルビア? そんなところでワインを造ってるの?」という驚きとともに、幕間のおしのぎにちょうど良いリフレッシュメントである。ブルゴーニュの名門ワイナリーでの修行経験もあるフランス人のワインだそうで、品質は間違いなし。ブドウ品種はリースリングで、フローラルなアロマも上品で心地良い。

料理

淡いグリーンの色合いが美しい「旬豆 帆立 モリーユ」。

魚料理にブルゴーニュのシャルドネ、肉料理にボルドーの赤と、ここは手堅く王道でまとめる一方、デセールにはドイツの甘口、しかもピノ・ノワールのアイスワインという超変化球にとどめを刺された。アイスワインとは、気温が氷点下まで下がり、自然に氷結したブドウを搾って造られる甘口ワインのこと。単に甘いだけでなく酸味も凝縮、美しくプロポーションの整ったデザートワインになる。

リースリングのような白ワインでは少なからず目にするものの、黒ブドウのピノ・ノワールは珍しい。イチゴのデセールにぴったりだったことは言うまでもないだろう。

料理

アヴァンデセールの「雪の下の人参」。雪の下で越冬した人参は甘味たっぷり。そのピューレは立派なデセールとなる。資料に目を通すまで、これが人参とは思いもよらず。デセールも専門のパティシエでなく、岡シェフが手がける。

料理

冷前菜の「山菜 馬肉」(左上)、魚料理の「旬魚 貝」(右上)、肉料理の「牛 アスパラガス」(左下)、デセールの「苺 ピスタチオ」(右下)。「山菜 馬肉」は馬肉ではなく山菜がキーポイントで、ワインも山菜の風味を尊重してロワールのソーヴィニヨン・ブランを合わせる。この日の旬の魚はイシナギ。

料理

最後、コーヒー、紅茶とともに出てきたのが南部せんべいのフィナンシェ。南部せんべいの型にフィナンシェの生地を入れて焼いたもの。

岡シェフ

岡亮佑シェフは滋賀県出身。2016年に「星野リゾート ロテルド比叡」総料理長に就任し、2020年4月から「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」の総料理長として、フレンチレストラン「Sonore」のほか、全館の料理を監督する。日々、料理の探求に努め、たまたま入ったラーメン屋の麺が美味しかったことから、小麦の仕入れ先を聞き出し、同じ小麦粉でパンを作ったりもしたそうだ。

sonore

奥入瀬渓流に面したフレンチレストラン「Sonore」。日没後のダイニングはシックな大人の世界。

奥入瀬の苔を楽しむ苔さんぽにも参加しよう

アペリティフを楽しんだ渓流テラスでの朝食も、「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」での楽しみのひとつ。日没時とはまた違う光が渓流の流れに反射し、鳥のさえずりやひんやりした空気が新たな1日の訪れを告げる。

リンゴの木から作られた特製の朝食ボックスを開けると、ほうれん草とベーコンのキッシュや生ハムを挟んだクロワッサン、温かいミネストローネなどぎっしり。

それに奥入瀬に来たからにはぜひ参加したいのが「苔さんぽ」だ。奥入瀬渓流は苔、シダ、キノコなど隠花植物のパラダイス。奥入瀬だけで300種類もの苔があるという。渓流に転がる大きな岩まで苔むしているのは、十和田湖がワンクッションとなり、流れが比較的穏やかで水量が安定しているから。

ガイドの説明に耳を傾けながら、杉苔や蛇苔に触れると、そのふんわり柔らかな触り心地に思わずうっとり。にわか苔ファンになってしまうこと請け合いである。

五感を刺激する奥入瀬の旅は、苔にタッチしての触覚で締め括られるのであった。

渓流テラス

渓流テラスでの朝食。青森といえばリンゴ。リンゴを原料に造られる発泡酒のシードルを楽しみながら。

苔さんぽ

ガイドの話を聞きながら、奥入瀬渓流での苔さんぽ。ルーペで覗くとミクロの世界が広がる。国立公園なのでお持ち帰りはご法度だが、じっさいに触れるのはOK。その感触はいつまでも記憶に残るはず。

ロビー

エントランスの奥にあるロビー「森の神話」。岡本太郎による同名の大暖炉が中央に聳え立つ。旅の終わりはいつも名残惜しいもの。

【今回の食事とワイン】
アペリティフ/シャンパーニュ・ピエール・トリシェ・プルミエ・クリュNV
小前菜「イガメンチ 筍」/カシ・ロゼ2019 ドメーヌ・ド・ラ・フェルム・ブランシュ
冷前菜「鮪 春キャベツ」/コート・デュ・ジュラ・ピノ・ノワール・アン・プレール2018 ドメーヌ・グラン
冷前菜「山菜 馬肉」/トゥーレーヌ・ブラン2019 ドメーヌ・オー・ペロン
温前菜「旬豆 帆立 モリーユ」/エステル&シリル・ボンジロー・ブリュット2018
温前菜「棘栗蟹 軍鶏」/ヴァン・ジョーヌ2014 ドメーヌ・ペロン
魚料理「旬魚 貝」/ペルナン・ヴェルジュレス・ブラン2015 ドメーヌ・フォラン・アルブレ
肉料理「牛 アスパラガス」/シャトー・ラ・トゥール・ド・モン2008
アヴァンデセール「雪の下人参」、デセール「苺 ピスタチオ」/ピノ・ノワール・アイスワイン2018 ファミリー・フリードリッヒ・ベッカー

ワイン一覧

フレンチレストラン「Sonore(ソノール)」 春限定メニュー
期間:〜2022年7月19日
料金:1名¥22,780、ワインペアリングは別途¥11,000(税、サービス料込)
営業時間:17:30〜21:00
予約:公式サイトより3日前までに要予約
対象:宿泊者
※食材の入荷状況により、料理やワインが変更となる場合がございます。

星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル
住所:青森県十和田市大字奥瀬字栃久保231
TEL:0570-073-022(予約)
客室数:187室
料金:1泊¥22,000〜(2名1室利用時1名あたり、税込、夕朝食)
アクセス:三沢空港からクルマで約1時間

【連載 ワインをお供に美味しい旅 in 星野リゾート】

TEXT=柳 忠之

PHOTOGRAPH=鮫島亜希子

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