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2021.05.21

世界相手に日本酒の価値を変える! ドメーヌ化を遂げた「醸し人九平次」

日本のみならず、世界の三つ星店にもオンリストされている日本酒「醸し人九平次」。世界的評価を受ける背景にあるのは、人の目が届く規模で徹底管理したミニマルな醸造と、米から自社で手がけるドメーヌ化という、従来の概念を打ち破る日本酒造りにあった。

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すべては大量生産へのアンチテーゼから始まった

これまでの日本酒の概念を一変させる男がいる。名古屋の造り酒屋「萬乗醸造」の15代目蔵元・久野九平治だ。20代の頃は演劇の世界に身を置き、30歳手前で父親が病に倒れ、家業の継承を決意。「やるからには徹底的に、日本酒業界を変える」と誓った。

日本酒の消費量は1973年をピークに減少へ転じ、現在は50年前の3分の1にも満たない。久野氏が家業を継いだ90年代半ばはまだ100万キロリットルを維持していたが、21世紀に入ると、とうとうその数字を割る。日本酒業界はジリ貧の状況にあった。

「消費は落ち込んでいるのに日本酒業界は量ばかりを追いかけていました。うちの蔵も変わらず、僕が帰ってきた頃は機械だらけ。そうした大量生産へのアンチテーゼからすべては始まったんです」

久野氏は手造りの酒にこだわった。日本酒はまず精米した米を洗う“洗米”から始まる。この時、米にどれくらいの水が含まれるかもその後の醸造に影響を及ぼす。萬乗醸造では職人が輪になり、ざるに入れた米を合図と同時に一斉に水に浸ける。メトロノームのリズムに合わせ、また一斉に引き上げる。息の合ったチームワーク!

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洗米の様子。このように一斉に水に浸けて洗い、一斉に水から引き上げる。メトロノームのリズムに合わせ、ひとりが合図を出す。タイミングが大事。

次の蒸し米の工程には、地元の大工に特注でオーダーした杉材の蒸し器を使っている。ステンレススチール製の蒸し器のほうがはるかに手入れは楽だが、金属は結露しやすく米がべちゃっとなりやすい。木製の蒸し器は米のひと粒ひと粒に火が入り、余分な水蒸気を木が吸ってくれるので、きれいに蒸せるという。

仕込みでも人海戦術を取る。桶に入れた蒸し米をタンクまで運んで投入するのだが、職人が代わる代わる息もつかない速度で繰り返す。ひとつの桶に入る蒸し米の量はおよそ10キロ。それを肩に背負い、高さ4メートルほどのタンクの開口部目掛けてステップを駆け上がり、蒸し米を投入するのだ。

久野氏は言う。

「機械でも同じことはできますが、細かな部分にまで人の目が届きません。そして何より、次世代の職人が育たない。僕らは酒造会社の社員ではなく、酒蔵の職人集団でありたいんです」

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酒米は炊くのではなく蒸す。蒸しあがった酒米を食べてみると、ひと粒ひと粒が固めで粘り気を感じない。

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職人が桶に入った蒸し米を担いでタンクの上まで駆け上がり、タンクに投入。それを別の職人が櫂入れする。この体勢で20分間休まず醪をかき混ぜる。たいへんな作業だ。

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二階にある麹室。この部屋の外側の柱はすべて柿渋で染められている。麹作りに雑菌は禁物だからだ。中はまるで新生児室のよう。実際、麹の状態に応じて布をかけて温めたり、取ってさましたりと気が抜けない。

すると、「水が帰ってきました」と誰かが久野氏に声をかけた。仕込み水を汲み終えたトラックが帰ってきたのだ。

久野氏が家業を継いだ時、何から何まで変えようと考えた。仕込み水もそのひとつだった。それまでは井戸水を使っていたが、山の湧水に変えた。

「標高700メートルの峠の上で、地元のおばちゃんが湧水を汲んでいました。『この水飲めんの?』と聞いたら、『わたしら何十年も飲んでるよ』って言うんです。岩肌から湧き出した水は不純物も自然に濾過された軟水で、日本酒の仕込み水には最適でした。その水を汲むために、毎日片道2時間をかけてトラックを走らせています」

このようにして職人集団の手造りから生まれる酒が、久野氏が立ち上げた新ブランド「醸し人九平次」である。

そして今、久野氏が新たに挑むのが、自社管理の田んぼで収穫された米を100パーセント、自社の酒蔵で醸造した日本酒。つまり「ドメーヌ本詰め日本酒」だ。

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久野九平治が造る日本酒のラインナップ。左から「久野九平治本店 黒田庄町田高 2018」「醸し人九平次 別誂」「醸し人九平次 黒田庄に生まれて、」「醸し人九平次 山田錦 EAU DU DESIR」。

ワイン造りの形態には大きく分けてふたつある。栽培農家が育てたブドウを買い集め、それをワインにする“ネゴシアン”と、ブドウを栽培した農家自身がワインを醸造、瓶詰めして販売する“ドメーヌ”である。

日本酒の原料である米はブドウと違って容易に遠方へ移動できるため、酒蔵のある場所が酒米の産地である必要はない。ましてや自社で田んぼをもって酒米を育て、それを日本酒に醸す酒蔵など皆無に等しい。つまり日本酒の酒蔵はすべてネゴシアンだった。しかし……。

「営業で海外に出向くと、向こうのシェフやソムリエから尋ねられるのは、酒の造り方ではありません。その米はなんという品種で、どういう土地で育てられ、どのような特徴があるのか、なんです。ワインだったら真っ先にブドウについて尋ねるように、彼らの関心は米なんです」

契約する米農家からの情報でたいていの説明はできる久野氏だが、いつも質問に答えるたび、後ろめたさが残った。そしてある日、スタッフの言ったひと言が久野氏を動かした。

「社長、米作りから始めましょうよ」

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自社で米作りをしている兵庫県・黒田庄の酒蔵。ビジターセンターができれば完成。自然の景観を生かしつつ、作業効率も考えられた設計になっている。

兵庫県西脇市黒田庄。酒米の王様、山田錦の産地としても知られるこの土地に、最初の田んぼを手に入れたのが2010年。11年経った現在は5ヘクタールの田んぼを所有し、さらに12ヘクタールを借地して酒米を栽培している。

「自分で米を育てるようになって、年ごとの米の変化に気付きました。暑い年と涼しい年では米の硬さが違い、酒の味も変わってきます。同じ黒田庄の中でも、砂がちの田んぼと粘土の強い田んぼの違いもあります。日本酒にもヴィンテージやテロワールがあるんですよ」

そして久野氏はドメーヌ化の最終仕上げとして、田んぼに隣接する土地に新たな酒蔵を建設した。今後、黒田庄の自社田で収穫される米は100パーセント、この酒蔵で醸造し、瓶詰めする予定だ。一方、名古屋の酒蔵は購入した米から造られるネゴシアンとしての機能を果たす。

「これまでの日本酒はどれだけ米を磨いたかが品質の指標として語られてきました。これからはワインのように、ヴィンテージやテロワールで日本酒の特徴が語られる時代にしたいんです」

ひとりの男のあくなき挑戦により、今、日本酒の価値観が変わろうとしている。

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Kuheiji Kuno
1965年愛知県生まれ。一旦演劇の世界に入るが、父の病気をきっかけに家業の萬乗醸造を継承。職人的な造りにこだわり、新ブランド「醸し人九平次」を立ち上げた。商品の問い合わせは萬乗醸造https://kuheiji.co.jp/まで。

TEXT=柳 忠之

PHOTOGRAPH=後藤武浩

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