ラグジュアリーな高級シャンパーニュの代名詞「ドン ペリニヨン」。フランスが誇るこの銘酒を、28年にわたり造り続けた男が一昨年末に引退した。その男の名は、リシャール・ジョフロワ。64歳というあまりに早すぎる醸造家人生の幕引きに、世界中が動揺した。しかし実のところそれは、異能の醸造家にとって新たな挑戦の始まり。彼は長年あたためていた夢の実現のため、密かにプロジェクトを立ち上げていたのだ。それは醸造酒の極み、日本酒造り。その最初のプロダクトが完成した。
日本文化への愛と興味がレジェンドを目覚めさせた
至高のシャンパーニュ「ドンペリニヨン」を28年の長きにわたり造り続けた男が、日本で酒造りを始めると聞いても驚くにはあたらない。原料の違いこそあれ、シャンパーニュも日本酒も造り手の技量と感性がものをいう醸造酒。シャンパーニュを極めたレジェンドが、人生の第二幕に日本酒造りを選んだのも自然な流れといえよう。
また彼は、日本人以上に日本を愛し、1991年の初来日以来、ほぼ毎年訪れているほどの人物。日本の文化に精通し、美食大国を自認するフランスのシェフたちですら「うま味」の存在に懐疑的だった’90年代、彼はいち早くそれに気づき探究した。複雑な醸造工程を踏む日本酒への興味も来日のたびに増幅し、「いつか自分の手で造ってみたい」。そう思うようになったとリシャール・ジョフロワは語る。
しかし、彼が長年あたためてきたプロジェクトをいざ実行に移すには、信頼できるチームを組織することが不可欠であった。酒蔵の設計には日本を代表する建築家、隈 研吾。パッケージデザインに世界的プロダクトデザイナーのマーク・ニューソン。隈のこのプロジェクトにおける貢献は酒蔵の設計にとどまらず、産地として富山を紹介するところから始まっている。
そして今年、待望の日本酒第一弾がリリースされた。名前を「IWA 5」という。「IWA」は酒蔵が置かれる土地、立山連峰の麓に位置する白岩地区の「岩」に由来し、「5」はバランスと調和を示す普遍的な数であり、融合と本質を象徴している。また5種類の酵母を用いていることや、酒米、産地、酵母、酛(もと)、発酵方法といった、日本酒造りに関係する5つの要素にもつながっている。
IWA 5が一般的な日本酒と異なるのは、単一の仕込みから生まれた酒ではなく、複数の原酒をアッサンブラージュしている点だ。アッサンブラージュとはワインやシャンパーニュの世界で用いられる言葉で、異なる原酒を細心の注意をもって組み合わせるブレンド作業を指す。
先述のように5種類の酵母を使って異なる原酒を仕込んだだけでなく、酒米も、人気の高い山田錦のほか、淡麗な酒質の酒を生む五百万石や岡山の原生種である雄町(おまち)も用いている。
また通常、日本酒は単一年の原酒から造られるものだが、IWA 5には異なる年の原酒もアッサンブラージュされている。これこそシャンパーニュならではの技。シャンパーニュでは過去の取り置きワインをヴァン・ド・レゼルヴと呼ぶが、ジョフロワはサケ・ド・レゼルヴを用い、単一年の日本酒では得られない、深み、奥行き、そしてレイヤーを加えることを試みた。
アッサンブラージュにあたっては、原酒サンプルをひとつひとつ念入りにテイスティング。すべての原酒の特徴を探りだしたうえで、自らが描いた理想の日本酒に仕上げるため、調合の割合を吟味した。そして試験的な調合を重ね、何かが足りなければ、それを補うための原酒を加える。酒の風味はミリリットル単位で変わるため、スポイトを用いた細かな調整が必要となる。まさしくシャンパーニュのアッサンブラージュに等しい。
では、ジョフロワが長年、ドン ペリニヨンの醸造で培ったノウハウは、どのような形でIWA 5に反映されているのか?
「技術的なことよりもむしろ、思想的、精神的、哲学的なことでしょう」とジョフロワは言う。
「ドン ペリニヨンの醸造で最も重要なのは、物事の本質を見極める力。そして究極のエクセレンスは何かと言えば、バランス、そしてハーモニーなのです」
ドン ペリニヨンが数多あるシャンパーニュのなかで、とりわけ特別な存在として世界中の人々から支持を得てきた理由は、いかなるヴィンテージにおいても美しいバランスを保っているから。このIWA 5にもまた、細いロープの上を端から端まで渡り切るような、緊張感を伴うバランスが表現されている。
お酒のプロも認める「IWA 5」の実力
懐の深い、今までにない日本酒。蒲焼のタレにもまったく負けない
「ひと口飲んで今までにない日本酒だと思いました。3種類の酒米が使われていますが、山田錦の香りのよさ、五百万石の後味のキレ、雄町独特の濃厚さが渾然一体となっています。今、お店ではコース料理とのペアリングにお薦めしています。鮮魚のお造りや鰻料理にも合いますね。蒲焼のタレにもまったく負けないんです」(六本木 kappou ukai 支配人/唎酒師 谷沢秀人氏)
複雑でマルチレイヤードな日本酒。温度を変えれば多様な料理に対応
「香りも味わいも複雑で、マルチレイヤードな日本酒です。時間の変化とともにさまざまな表情を見せてくれます。スパイシーな中華の前菜は冷やでお出しし、フレンチの魚料理も冷やで。メインの和牛味噌焼きでは40~50℃にお燗して出し、デザートはまた冷やでイチジクのタルトなど。和洋中を組み合わせても楽しめますね」(コンラッド東京 エグゼクティヴ ソムリエ 森 覚氏)
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