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2024.10.31
聴こえない親ともっと話したくて、引っ込み思案だった僕が学校で「手話クラブ」を作った話
ろうの両親の元に生まれ「コーダ(聴こえる子ども)」として育った、作家でありエッセイストである五十嵐大さん。小さな港町で家族に愛され健やかに育つも、やがて自分が世間からは「障害者の子」と見られていることに気づき──。誰も知らない場所でふつうに生きたいと、逃げるように向かった東京で五十嵐さんが知った本当の幸せとは? 『ぼくが生きてる、ふたつの世界』から一部を抜粋して紹介します。 ※画像はイメージです
小学四年生になった。クラスは替わらないものの、なんとなく教師たちからは少しだけ大人扱いされるのを感じる。低学年の子たちの面倒を見てあげましょう、と言われる機会も増えた。
そして、四年生からは週に一回のクラブ活動もスタートする。一学期の初め、教師が言った。
「クラブ活動は一年間続きます。しっかり考えて、本当にやってみたいクラブに入るようにね」
クラブ活動がスタートするにあたり、四年生が体育館に集められた。そして、壇上では、既存のクラブを代表した上級生たちが、各々のクラブの魅力をアピールしている。
ドッジボールクラブ、バスケットボールクラブ、図工クラブ、科学クラブ……。どれも面白そうだ。でも、いまひとつピンとこない。そもそも運動が苦手なぼくに、スポーツ系のクラブに入る選択肢はない。かといって文化系のクラブで強く惹ひかれるものもない。
どのクラブに入ればいいんだろう。
そう思っていたとき、ひとりの教師が言った。
「新しいクラブを作りたい人は先生に相談してください。人数が集まれば、新しく設立することも考えます」
新しいクラブ──。ぼくだったら、なにを作るだろうか。
その日の晩、なんの気無しに母に話してみた。
──四年生はクラブに入らなきゃいけないんだって。
──あら。どのクラブに入るの?
──わかんない。入りたいクラブがないから。
──そう。楽しいのが見つかるといいね。
手話を使ってそんなやりとりをしていたとき、ふとひらめいた。“手話クラブ”ってどうだろう。週に一回、みんなで手話の勉強をするクラブ。それに入れば、ぼくの手話ももっと上達するかもしれない。
幼い頃から母や父が使う手話に触れていたため、ある程度の手話は使えるようになっていた。けれど、それは「うれしい」「哀しい」「好き」「嫌だ」というように、端的に感情を表すものばかりで、複雑な胸の内を表現することはできなかった。でも、成長するにつれて、母に伝えたいことに幅が生まれる。
たとえば、「あの子が他の友達と仲良くしていると嫌な気持ちになる。嫌いじゃないのに、話もしたくない」というような、矛盾を孕む気持ちをうまく伝える術がないのだ。それは地味にストレスだった。
聴こえない母のことを、誰にも知られたくない。成長するにつれてその気持ちは少しずつ膨らんでいった。けれど、彼女のことが嫌いだったわけではない。むしろ、好きだからこそ、母が傷つけられる瞬間を見たくない。まるで籠のなかに鳥を押し込めるように、母を外の世界の悪意から守りたいと思うようになっていた。
母と父は仲がよかった。聴覚障害という共通点を持ったふたりの間には、“同志”のような絆すらあったのかもしれない。母の悩みや苦しみに寄り添い、父はいつだって彼女を守ってきた。
ただし、そんな父にすらできないことがある。それは母の“耳”の代わりをすることだ。その役目は、聴こえるぼくに与えられた使命のようなものだと思っていた。
責任感にも近い気持ちを抱いていたからこそ、母とはなるべくわかり合いたい。それなのに、どうしても母が言わんとしていることが理解できない場面は増えていったし、逆にうまく伝えられないこともどんどん積み重なっていく。そのもどかしさが体中を這い回り、時々窒息しそうになった。
でも、学校で手話を学ぶことができれば、いまよりもっと母とコミュニケーションが取れるようになるかもしれない。
そう思い立つと、すぐにクラスメイトたちを勧誘しはじめた。幸いなことに何人かが手話に興味を持ってくれて、クラブ設立に足りる人数が集まった。そうして、“手話クラブ”が新設されることになった。
クラブには、市から派遣された手話通訳士の女性が講師として来てくれることになった。場所は図書室の一画。そこでぼくらは、手話通訳士さんによる手話の授業を受けるようになった。
教えられる手話はとても基礎的なものばかりだった。ときには“手話歌”と呼ばれる、ポピュラーな歌に手話をつけてうたうものも教わった。いまでも覚えているのは、『となりのトトロ』の主題歌である「さんぽ」だ。「歩こう、歩こう~」という歌詞に合わせて、手話をつけていく。
一緒に入ってくれた友人たちはとても楽しそうに手話を覚えていく。その姿を見て、心が浮き立つようだった。ぼくと母との間に“だけ”存在すると思っていた言語を、他の人たちが学んでくれている。それはまるで、ぼくと母の世界が少しずつ広がっていくようでもあった。
もちろん、“手話クラブ”を作ったことは母に報告した。
──大ちゃんが作ったの?
初めてその話をしたとき、母は目を丸くして驚いていた。引っ込み思案で控えめな性格のぼくが、先頭に立って新しいクラブを作るだなんて、信じられなかったのだろう。
クラブで習ってきた手話を披露してみせると、母は目を細めながら頭を撫でてくれた。「さんぽ」も何度も一緒にうたった。
でも、そんな楽しい時間は長く続かなかった。
“手話クラブ”を設立して三カ月が過ぎた頃だった。放課後、いつものようにクラブ活動へ向かうぼくに、同じクラスの男子児童が言った。
「なぁなぁ、お前らの手話クラブってなにすんの?」
彼は半笑いで、唇の端を歪めていた。
呼び止められたぼくは足を止め、説明する。
「手話の勉強だけど……。手話って知ってる?」
「知らねー」
手話を理解していない彼に、一から丁寧に手話について教えてあげた。手話は耳の聴こえない人たちの言語であること。手を動かし、会話をすること。ちゃんと勉強すれば、日本語と同じようにコミュニケーションが取れるようになること。
一通り聞くと、彼は吐き捨てるように言った。
「なにそれ、変なの」
そのまま彼は走り去っていった。ぼくはその場から動けなかった。
ぼくと母をつなぐ手話が、「変なの」のひとことで全否定されてしまった。どうしてそんなことを言われなければいけないのだろう。
その日、図書室へ行くことができなかった。熱心な手話通訳士さんの前で、どんな顔をしたらいいのかわからなかった。きっと、いつものように笑えないだろう。
悔しさと恥ずかしさがじわじわ広がる胸を押さえて、ぼくは黙ってクラブ活動を休んだ。
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