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2026.10.07

「男子をスピードでぶっちぎっていた」W杯優勝・岩清水梓、小学校からなでしこジャパンまでの道

W杯制覇、アジアカップ初優勝、リーグ4連覇など数々の栄冠を手にした、サッカー日本代表DF・岩清水梓。結婚や出産、怪我を経て、2026年に現役を引退した、彼女の半生に迫る。第1回。

「男子をスピードでぶっちぎっていた」W杯優勝・岩清水梓、小学校からなでしこジャパンまでの道
岩清水梓/Azusa Iwashimizu
1986年岩手県生まれ。2003年、高校1年生で日テレ・東京ヴェルディベレーザに正式登録され、2006年には「なでしこジャパン」デビューを果たす。2011年、ドイツ女子ワールドカップの優勝メンバーに。2018年にはキャプテンとしてリーグ4連覇に貢献する。2025/26シーズンをもって引退し、男子も含めた東京ヴェルディの「クラブアンバサダー」に就任。

小学生時代から足が速く、球際バチバチ系だった

2011年、日本は重苦しい空気に包まれていた。3月11日に発生した東日本大震災は多数の犠牲者を出し、日本中を不安のどん底にたたき落とした。そして心を締め付けるような重苦しい雰囲気はかすかな出口さえ見つけられなかった。

そんななか、6月からドイツで開催されたのが2011年女子ワールドカップだった。当時、日本のFIFAランクは4位。ただし、当時同1位の優勝候補筆頭アメリカ、同2位の開催国であり、前回大会優勝国のドイツと、過去3大会連続でグループリーグ敗退の「なでしこジャパン」とは大きな差があると思われていた。

その厳しいアウェイ、ドイツの地で、絶対的な守備の要として体を張り続けた選手がいる。当時24歳だった岩清水梓だ。

岩清水は、小学校時代にサッカーに夢中になった。男子に交じってプレーし、活躍するのが好きだったのだ。

「サッカーを始めたときは、遊びの延長という感じでした。小学生男子はまだ女子に比べて身体が小さい。だから男の子をスピードでぶっちぎったりしていました」

当時の彼女にとって、日本女子代表は「父親に言われてちらりと見る」程度の存在だった。しかし小学校6年生のとき、父親が勝手に応募したという日テレ・メニーナ(ベレーザの育成組織)のセレクションが、彼女の運命を大きく変えることになる。

「会場に行ったら女子サッカー選手がたくさんいて、まずびっくり。それにみんなうまい。異空間に来て『しまった』と思いましたね」

それまでの友人たちと楽しくやっていた雰囲気ともレベルとも違う。臆する岩清水に父が「お前何しに来たんだよ!」と怒った。身内からの厳しい声に「ムカついた」という岩清水は懸命にプレーし、何とか狭き門をくぐることができた。

本人は「テクニック重視の今なら受からなかった」と笑う。「私は足が速くて、いわゆる球際系。バチバチ行くタイプのDFでした」。しかし、この「バチバチ行く」プレースタイルこそが、後に日本を救う武器となる。

意識の高い環境が日本代表を意識させた

メニーナに入団した彼女は、日本の女子サッカーを牽引する極めて意識の高い環境に身を置くことになった。

「メニーナってイコール、トップチームのベレーザを目指さなきゃいけないという場所なんです。そしてベレーザを目指すことは、そのまま日本女子代表を目指さなければいけないという空気が流れているんです。自分の夢というより、その環境にいたら当然の目標という感じですね。クラブそのものが日本の女子サッカーを背負う存在でしたから」

「なりたい」という漠然とした憧れではない。ベレーザに上がり、試合に出て、日本代表に選ばれるためにプレーする。その過酷な階段を、彼女は毎日必死に登り続けた。同級生の中学生が放課後を楽しむのを横目に、自制心を働かせてグラウンドへ向かう日々だった。

一方で、彼女はサッカーしか知らない孤独な少女ではなかった。高校に入るとメニーナがオフとなる月曜日、岩清水は居酒屋でアルバイトをして小遣いを稼いだ。そこで磨いたのがコミュニケーション能力だという。「代表に行ったら知らない人同士でプレーしなければいけない。だからオープンマインドでいなきゃダメだ」と語るとおり、この社会経験で学んだ能力が、彼女を強靭な選手へと育てていった。

「なでしこジャパン」デビュー

そして、ベレーザというトップチームの健全な競争環境が彼女をさらに飛躍させる。みんなが高いところを目指しているから、他人の足を引っ張る文化がなかったのだ。「トップオブトップを目指す環境にいると、自分が伸びることにフォーカスできる」。岩清水はそうやって高みへと登っていった。

ベレーザに登録された2003年にはリーグ戦18試合のうち17試合に出場する。ところが2年目となる2004年はチーム内の競争に敗れ、1試合も出場することができなかった。「レギュラーでもすぐ起用されなくなる」という厳しい環境で負けじ魂に火がついた岩清水はトレーニングを重ねて2005年にはレギュラーに復帰する。

2006年2月には「なでしこジャパン」にデビューし、5月には代表初ゴールを挙げるなど、岩清水は順風満帆に階段を駆け上がり、ついに2011年、ドイツでの女子ワールドカップを迎えた。岩清水は大会を「まさかあのメンバーに入れてもらって、あんな経験ができるとはみじんも思っていませんでした」と振り返る。

誰の目にも優勝候補とは映らなかった「なでしこジャパン」だが、そこには、どんな強敵にもひるまず「バチバチ行く」準備を整えた小柄なディフェンダーの姿があった。震災で傷ついた日本中が固唾をのんで見守る中、彼女たちは世界を驚かせる快進撃を始める。あのアメリカとの死闘、そして岩清水自身が大きな代償を払うことになる決勝戦のピッチが、すぐ目の前に迫っていた。

※2回目に続く

TEXT=森雅史

PHOTOGRAPH=YUTAKA/アフロスポーツ

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