常に全力で誠実。吉岡里帆は、そんな女優だ。演技だけではない。『ゲーテ』の取材は、彼女にとってこの日10本目。「大変ですね」と声をかけると、吉岡は真っ直ぐにこちらの目を見て、思いがけない言葉を返してきた。

「この作品のために髪を20センチ切りました」
「なるべく内容がかぶらないように話そうと思っているのですが、かぶってしまったらすみません」
最新主演映画『九龍ジェネリックロマンス』でも彼女の全力を堪能できる。人気コミックスの実写化となる今作。吉岡は、謎多き主人公・鯨井令子と彼女と瓜ふたつの“鯨井B”を演じている。
「原作ファンのためにも、せめてビジュアルは近づけようとあらゆるアプローチを試みました。ウィッグでもよかったのですが、日差しを浴びた肌に髪がくっつく感じとか、ウィッグでは出せない気がして、思い切って20センチくらいカットしてショートにしました。令子と鯨井Bを演じ分ける時は、同じ顔だけどメイクをすべて落としてやり直し、細かい部分でふたりの差をつける。そのあたりは、自分の意見も入れてもらいました」
“ミステリー・ラブロマンス”を謳うだけあって、ストーリーも複雑で謎めいている。
「脚本を読んで、観客が混乱するところもあるかもしれないと思い、どうお芝居していくか、監督と細かいところまで話し合って調整しました」
本作で描きたかったのは、「恋って理屈じゃない」ということ。撮影中、W主演を務める水上恒司からこんな提案があったという。
「原っぱのシーンがあって、水上さんがどうしてもそこに飛びこみたいと言うんです。でも街なかの空き地の草っぱらなので、草の下にトゲとか釘とかあるかもしれない。衣装もスカートだったので少し心配していましたが、強い熱量に押されて、いいよ! やるよ! って。結局そのシーンが使われているのですが、“恋って理屈じゃない”ということをしっかり感じてもらえるシーンになりました」
撮影は2024年。舞台となる、かつて香港に存在した九龍城砦の街並みを再現するため、真夏の台湾で行われた。
「1ヵ月以上滞在して、すっかり地元民になっていましたね(笑)。半袖短パン、サンダルでビニール袋持って、近所のコインランドリーに行ったり。生活している感覚でした。半分くらいは現地のスタッフでしたが、みんなすごくお酒を飲むんですよ。私もときどきその飲み会に参加して、楽しい日々を過ごせました」
ストーリーのキーワードは「記憶」「懐かしさ」。京都で生まれ育ち、女優を目指して22歳で上京した吉岡にとって“懐かしい光景”とは?
「中学生から20代前半まで実家で飼っていた、チーズという名前の猫を思い出します。夜になって私が寝ようとすると部屋をノックして、入れてくれって。懐かしい記憶と言われて、まず思い出すのはチーズのノックの音ですね」
2024年に公開された映画『正体』では、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞に輝いた。女優として確かなポジションを築きつつある。
「本当は、オファーをいただいたらすべてに応えたいタイプなんです。でも最近は、作品に集中して臨むため、自分に声をかけてくださった理由があると感じた作品に出演することを心がけています」
キュートだったり、妖艶だったり。クールだったり、情熱的だったり。映画『九龍ジェネリックロマンス』を観れば、ふた役分、全力の女優・吉岡里帆を堪能できる。

1993年京都府生まれ。2015年の連続テレビ小説『あさが来た』におけるヒロインの友人役で注目を集め、以後、ドラマ、映画、CMなどで幅広く活躍。2019年『パラレルワールド・ラブストーリー』『見えない目撃者』で日本アカデミー賞新人賞、2024年『正体』で同賞最優秀助演女優賞を受賞した。
『九龍ジェネリックロマンス』
過去の記憶がない鯨井令子(吉岡里帆)と、誰にも明かせない秘密を持つ工藤発(水上恒司)。懐かしさ溢れる街、九龍城砦で暮らすふたりの距離が近づくほど謎は深まっていく──。眉月じゅんの人気コミックを実写化。過去と現在が交錯する珠玉のミステリー・ラブロマンス。
監督:池田千尋
出演:吉岡里帆、水上恒司、竜星涼、栁俊太郎ほか
配給:バンダイナムコフィルムワークス
2025年8月29日より全国公開
衣装クレジット:ドレス¥1,150,000、ブーツ¥270,000、イヤリング¥66,000、リング¥270,000(すべてディオール/クリスチャン ディオール TEL:0120-02-1947)