PERSON

2025.07.09

町田GK・谷晃生、ミスをした時の心境は?「二次被害こそ敵」

ゴールキーパーほど、ミスが露骨に結果へ直結するポジションはない。一瞬の判断ミス、わずかな油断が失点につながり、容赦ない批判にさらされる。過酷な環境のなかで、FC町田ゼルビア(以下、町田)のGK谷晃生(24)はどのようにメンタルを保ち、自分をコントロールしているのか。最終回。#1#2

町田・谷

失敗の連鎖を断ち切る技術

「もう考えてもしゃあないな、ぐらいです」

ミスをした時の心境について問われた町田GK・谷晃生は、あっけらかんとした表情でそう答えた。しかし、その一言には、東京五輪という自国開催の大舞台に立った経験をはじめ、これまでのキャリアを通して積み重ねてきた深い洞察がにじんでいた。

「ミスや失敗からなかなか立ち直れない、そういった経験は誰しもあると思います。それがきっかけでミスが増えたり、引きずってしまうのが一番もったいないなと思います。二次被害が一番もったいないです」

谷が言う「二次被害」とは、一つのミスが心理的な動揺を生み、連鎖的に次のミスを誘発する現象のことだ。ゴールキーパーにとって致命的な悪循環となる。一度の失点で試合が終わるわけではないが、ミスに囚われることで判断力が鈍り、さらなる失点を招く……。谷はそのメカニズムを冷静に分析している。

「サッカーではミスは起きるもの。ただ、ミスを次にどう起こさないようにするか。自分で点を取り返すことはできないので、次に切り替えて失点を防ぐことを一番に考える。キーパーという職業なので、ミスはある程度は仕方がないと思っています」

この割り切りは、彼なりの現実的な対処法だ。フィールドプレーヤーならミスの後に攻撃に参加してアシストやゴールで取り返すことも可能だが、ゴールキーパーにはその選択肢がない。だからこそ過去ではなく「未来」に集中する。次のシュートを確実に止めることだけに意識を向ける。

「子供の頃は『7点決められてもディフェンスが悪いでしょ?』と思っていましたが、アンダー世代の代表に選ばれ、注目度が上がるにつれて、批判にさらされる機会が増えました。少しずつですがネット記事やファンからの言葉を通じて『こんなに言われてしまうんだ』と感じるようになりました。プロであれば誰しも経験することですが、言われる数が増えただけで、それに対する免疫はついてきているのかなと思います」

現在はSNSとの適度な距離感を保ちつつ、意図的にデジタルデトックスを実践しているという。さらに興味深いのは、批判に対する解釈の転換だ。

「僕はもう見ないようにしてますね。入ってこないようにいろんな設定をしています。それでもSNSに出てきますけどね(笑)。でも、見なければ何も思わないんで。ピッチに立てば自然と忘れるというか。今は、自分に気づきを与えてくれたのだと思えるようになりました」

ネガティブな声すらも、成長の糧として捉える――そんな思考の柔軟さが、彼の強さの源なのかもしれない。

持続可能な成長を支える「オフタイム戦略」

「メンタル面も含めて、サッカーを忘れる時間は大事だと思っています」

コンディション維持について問われた谷が、まず口にしたのは、「忘れる」という行為だった。一見すると逆説的に思える答えには、プロアスリートならではの洞察が込められている。

「何か決まったものがあるわけではないのですが、サッカーを忘れる時間を作ることは、僕の中ではすごく大事。カフェで本を読んだり、美味しいものを食べたり。そういうリラックスできる時間が自分には必要なんです」

例えば、カフェで過ごす時間は、谷にとって単なる休息ではない。意図的に生み出された「非サッカー空間」であり、精神をリセットする大切な手段でもある。プロスポーツの世界では競技への集中が求められるが、谷はあえて「離れる」ことに価値を見出している。

ところで、読書についてはどんなジャンルを読んでいるのだろうか?

「最近は『DIE WITH ZERO』というビジネス書を読みました。特にジャンルにこだわりはなく、いろいろと読んでいます。ドラマや映画も大好きです。一時期、韓国ドラマが流行ったじゃないですか。『イカゲーム』などいろいろな作品を見ましたね」

年齢相応の、等身大の娯楽への関心も、彼にとっては重要なコンディショニングの一部なのかもしれない。

偶然を必然に変える「キャリア形成」

谷がゴールキーパーになったのは、偶然だった。

「三つ上のお兄ちゃんがいるのですが、小学3年生の時、兄がいる6年チームの人数が足りなくてキーパーを任されることになって。その試合ではめちゃくちゃ点を決められてしまったんですけど、相手がかなり強かったなかで、それでも結構止めたんですよ」

兄の影響でサッカーを始めた谷だが、当初からキーパーを志していたわけではなかった。チーム事情で仕方なくゴールキーパーを任されたその日、どこか手応えのようなものを感じたという。

そして運命を決定づけたのは、その場にいたコーチとの出会いだった。

「当時、兄のチームにいたコーチがたまたまキーパー出身で。その方がキーパースクールを紹介してくれて、小学4年生の頃から通い始めて、それからずっとゴールキーパーです」

所属していた小学生チームは「サッカーを楽しもう」というゆるやかな雰囲気だったが、その環境が、さまざまなポジションを経験するという意外な恩恵をもたらした。

「小学生の頃は、キーパー以外のフィールドプレーヤーも経験していました。でも、5年生や6年生になると地区のトレセンや選抜でキーパーとして選ばれるようになって。小6の時にガンバ大阪やセレッソ大阪などオファーをいただいたのですが、その時もゴールキーパーでした」

偶然から始まった道が、着実にサッカー選手という未来へとつながっている。谷のキーパーとしての特異性は豊富なフィールドプレーヤーの経験にあるのだろう。多様なポジション経験が、現在の谷のプレーに大きく活きている。

「フィールド(選手)も経験していてよかったなと思いますね。キーパーだけをやっていなかったことが、自分のプレーに活きています。点を取りたい選手の気持ちや、もしこの場面で自分がフォワードだったらどう感じるかなど考えられるようになりましたし、キーパーとしてどのポジションを取るべきかなど、客観的に思考する力も身についたと思います」

他のポジションでプレーした経験が、相手の心理を読む能力を育てた。点を取りたいという感情を知っているからこそ、攻撃側の思考パターンを理解できるようになったのだ。

谷いわく、「キーパーは一番ボールに触れる回数は少ないけど、結果にフォーカスできる」ポジションだという。天職となった谷のゴールキーパー観には他のキーパーとは一線を画すものがある。

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次世代への責任と「価値観の継承」

家族観についても率直に語る谷の表情は、いつになくリラックスしたものだった。無類の子供好きのようだ。

「子供は大好きです。最近は同い年のサッカー選手や仲の良い友達が結婚して子供ができたりしています。友達の子供を見ると、やっぱりかわいいなと思いますよ。僕ですか? 今はまだ独身ですし、将来の事は分かりませんが、子供は欲しいですね」

興味深いのは、自分の子供の将来についての考え方だ。「サッカーはやってもいいですが、キーパー以外で」と希望する。その理由を尋ねられると、

「いや、もうやらせられないですよ。こんだけ叩かれるぞって」

と、苦笑い。自分自身がキーパーとして批判にさらされてきた経験から、まだ親にはなっていないものの、子供には違う道を歩んでほしいという親心が垣間見える。

「いやもう……得点を取ってほしいですね。得点は大変ですけどね」

ゴールを守る立場から、得点を取る側への思い。プロのゴールキーパーとしてやってきたからこその考えだ。

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リーダーが語る「挑戦する勇気」の育て方

最後に、未来のゴールキーパーを目指す子供たちへのメッセージを求められた谷は、「未来のライバルが増えたら困りますけどね」と冗談めかしながらも、次のように語った。

「みなさんが大きくなって、まだ僕がプロをやっていれば、一緒にプレーできるかもしれません。それがすごく楽しみです。

今のうちにいっぱいミスしてほしい。今のうちにたくさんトライしてほしいなと思います」

この言葉には、24歳の谷自身がまだ成長過程にあるという自覚と、失敗を恐れることの無意味さを、体験から学んだ智恵が込められている。

サッカーを忘れる時間を大切にし、偶然から始まったキーパー人生を受け入れ、将来に向けて現実的な展望を持つ――。谷晃生というアスリートの本質がここにある。プロとしての顔を持ちながらも、24歳の若者らしい自然体を失わない彼の魅力こそが、町田ファンから絶大な支持を集める理由かもしれない。

TEXT=上野直彦

PHOTOGRAPH=杉田裕一

STYLING=石黒亮一

HAIR&MAKE-UP=服部さおり

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