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2025.07.07

「町田は93%、J2降格すると思っていた!?」日本代表GK谷晃生はなぜ町田に加入したのか【1回目】

2024年シーズン、J1初挑戦で快進撃を見せたFC町田ゼルビア(以下、町田)。ゴールマウスを守るのは守護神・谷晃生(24歳)。ヨーロッパ挑戦を経て、町田に加入した彼は、その端正な顔立ちとファンサポーターへの丁寧な対応から人気急上昇中だが、本人は謙虚そのもの。新たな挑戦と踠(もが)きのなかで、日々精進を重ねている。インタビュー1回目。【特集 魅せるカラダ2025】

町田加入の決断は「93%の不安、7%の賭け」

谷晃生はガンバ大阪アカデミー出身で、東京オリンピック日本代表正GKとしての実績を持つ。ヨーロッパ・ベルギーリーグ(2部・FCVデンデルEH) への挑戦は思うような結果を残せなかったが、そんな時に一本の電話が鳴った。それが町田・黒田剛監督との出会いだった。

「監督から直接お電話をいただきました。すごく真摯に話してくださって。内容は『来てほしい』というシンプルなものでしたが、その誠実さが強く印象に残っています」

当時の町田は、快進撃でJ1昇格を果たしたばかり。メディアでも話題にはなっていたが、J1でどこまで戦えるかは未知数だった。「J2」と「J1」には歴然とした差がある。谷にとって、それは大きな不安要素でもあった。

「正直、J1に初参戦したチームがどこまでやれるのか未知数でした。J2にまた落ちるような残留争いになるんじゃないかという思いが93%ぐらい。でも、残りの7%に『何か面白いことが起こるかもしれない』という期待もあって。自分自身も、何もわからない環境で、ここでもう一度スタートしてみようと決断しました」

町田にとってJ1は初の舞台であり、挑戦の年。そしてそれは、谷にとってもプロ選手としての再スタートという意味での挑戦だった。

ガンバ大阪アカデミーで育ち、湘南ベルマーレでJ1の経験を積んできた谷にとって、町田はまったく新しい環境。それでも彼の背中を押したのは、黒田監督の人柄と、「未知への挑戦」が秘める可能性だった。

「ヨーロッパにチャレンジしましたが、正直なかなかうまくいかなかった。もう一度、日本で一からじゃないですけど、自分がしっかりプレーできる場所で結果を残すことにフォーカスしたかったんです。町田の(J2での)快進撃は外から見ている景色と、中で感じるものはおそらく違うんだろうなと。結果を出し続けるというところには、きっと何か意味があると考えました」

「1本中の1本にこだわる」黒田剛監督の教え

なかでも決断の決め手となった黒田監督への評価は180度といっていいくらい変わる。

「すごくユニークで面白い方ですし、普段はもう本当に『おっちゃん』という感じですが(笑)、いざピッチの中に入ると求めるところに対しては、自分の考えを決して譲らない。結果に対してのアプローチやプレーのこだわりは、今まで僕が出会ったどの監督よりも強い。とにかく勝負事に対するこだわりはものすごく強いです」

町田に加入してから、谷のサッカーに対する意識は根本的に変わった。その変化をもたらしたのが、黒田監督の指導哲学の真髄にある言葉だった。

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「監督がよく言われるのは『最大のスキルは性格』という言葉。ゴール前で体を投げ出せる選手とそうじゃない選手、あと一歩、最後の最後までしんどくても走れる選手。そこはやっぱり性格、普段からの行いがプレーに表れるという意味なんです」

この言葉は、谷にとって大きな気づきをもたらす。プロ選手として評価されるのは、週に一度の90分間の試合だ。その短い時間のなかで、自分がプレーする機会は「たったの3分だったり、短い時間」でしかない。だからこそ、日頃の取り組み方、生活も含めてどこまでフォーカスできるか、アプローチできるかが鍵となる。

「他のチームにいる時より、いろんなことに対してすごく追求するようになりました。追求する姿勢が自然と自分に対しても多くなって、プレーへのこだわり、課題を見つけて追求する姿勢、プレーではないところへのこだわりなども町田へ来て意識的に変わったところかなと思います」

この「追求する」姿勢は、監督の具体的な指導法にも表れている。なかでも監督の「1本中の1本にこだわる」という教えは、谷の技術を飛躍的に向上させた。

「シュート練習では、もう1本、さらにもう1本と何度も打てますが、実際の試合ではなかなかチャンスは来ない。1本にこだわる、1本で必ず決めろと。試合でのチャンスは1本しか来ないと思って、1本で決めるために毎回チーム全体で練習に取り組んでいます」

これは攻撃だけではなく守備の選手でも同じ。相手の1本のシュートを確実に止める姿勢を追求する。この指導の成果は数字に表れた。谷の昨年、2024年シーズンのクロス対応のキャッチ率がデータ上でも最高値を記録している。

「キャッチすることで自分たちのボールになりますし、弾いたら相手のボールになる可能性もあります。キャッチの正確さは、1本中の1本と言われることで、すごく上がったかなと思います」

守備だけではなく攻撃面でも見せた進化

数字が証明する進化は他にもある。現代のゴールキーパーに求められるのは、シュートストップだけではない。谷はビルドアップにおける攻撃の起点としての役割を担っている。2025年シーズン、彼のロングパス供給数はリーグ6位という数字だ。

「自分は攻撃のスイッチだと思っていますし、キックの正確性はキーパーにおいてすごく重要なところ。まだまだクオリティを上げていかなきゃいけないと思います。ロングボールを選択することも必要ですし、相手の選手や味方選手のポジションを見て、状況を確認し、判断を変えていかなければいけません」

谷は現状に満足していない。キーパーはフィールドプレーヤーよりも足でボールを触る機会が少ないため、「プラスアルファで取り組まなければいけない」と常に考えている。

「やっぱり僕らキーパーはシュートを止める練習など手を使う練習が多く、フィールド選手より足でボールを触る機会は日頃の練習でもなかなかありません。でも、足技でもっとプラスアルファを出したいと思っているので、もっともっと取り組まなきゃいけないことがある。とにかく足技は意識しています」

シュートストップの練習が中心となるなか、足技の向上は個人的な課題として取り組んでいる。パスの供給数だけでなく、成功率と正確性の向上を目指しているのだ。

俺たちはこんなもんじゃない!

現在、町田は勝点37で7位(2025年7月7日時点)につけているが、谷はこの結果に決して満足していない。甘んじる気持ちも毛頭ない。

「納得はしてないですね、全然! 勝ち点を取れた試合、自分たちが取らなきゃいけなかった試合があって、悔いが残る試合がいくつか思い浮かびます。そういった試合を勝ち切ってこそ上に行ける。結果論なので『こうしとけばよかった』となるのはどのチームにもあると思います。でも、町田の選手の能力からしても、まだまだこの順位で終わっていいチームではない。もっともっと上にいけるチームです」

ただ結果に納得していないのではなく、内容がともなった改善が必要だと谷は冷静に分析している。自身のコンディションについても、シーズンを通じて段階的な向上が必要だと感じている。

「特にシーズン序盤は、なかなか自分の感覚とプレーがうまくかみ合わなくて、しっくりこない感じがありました。でも、シーズンが進むにつれて、体と感覚が一致してきています。試合をやっていくなかでコンディションは良くなってきているのかなと思います」

未知への挑戦としてリスタートした町田での日々。谷にとって新たな成長や進化の場となっている。黒田監督から学んだ「追求する」ことの大切さや「1本中の1本にこだわる」姿勢を身につけた24歳のゴールキーパーは、チームとともにさらなる高みを目指す。シーズン後半戦、町田の真価が問われるなかで、谷晃生というゴールキーパーの真の成長が始まっている。

そして、谷にとって成長の舞台はもう一つある。日本代表だ。2026年のW杯という大舞台が待っている。前回2024年カタールW杯では、惜しくも落選。しかし2026年大会で再びその座を狙う。一人のGKの活躍から目が離せない。

※2回目に続く

谷晃生/Kosei Tani
2000年11月22日大阪府生まれ。FC町田ゼルビア所属ゴールキーパー。190cm、84kgの体格を活かしたシュートストップと安定したセービングが持ち味。ガンバ大阪ユースからトップ昇格後、湘南ベルマーレ、ベルギーのクラブで経験、2024年より町田に加入。日本代表としてもA代表キャップを持つ。

TEXT=上野直彦

PHOTOGRAPH=杉田裕一

STYLING=石黒亮一

HAIR&MAKE-UP=服部さおり

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