元宝塚歌劇団花組トップスターの柚香光。確かな舞台スキルと華で人気を誇る一方、舞台に対する真摯な姿勢で組の仲間からも厚い信頼を受け、数々の公演を成功に導いてきた。そんな柚香の仕事への想いを聞いた。

自分のことを考える時間が増えた
宝塚歌劇団を退団して1年。生活環境から取り巻く人々、公演に追われる日々、入団以来十数年ずっと追求してきた男役…。これまで柚香光を取り巻いていたあらゆるものが大きく変化した。その中でも一番大きな変化は「自分のことを考える時間がすごく増えたこと」だと言う。
「在団中は、自分個人のことより、組のことや組のみんなのこと、目の前の作品のことを考えることが圧倒的に多かったんです」
歌劇団には花・月・雪・星・宙という5つの組があり、宝塚音楽学校を卒業した生徒たちは、入団時にその中のどこかに配属される。上級生は下級生に教え、下級生は上級生に学び、そこで舞台の立ち方や役作りの仕方、ショーでの魅せ方、衣装の着こなしまで、必要なすべてを習得してゆく。まさに“劇団”だ。
その中で真ん中に立つのがトップスターという存在。組には組長、副組長というまとめ役がいるが、トップスターは公演の主演を担い、作品をよりよいものにするために中心となって組を牽引していく役割。それゆえ責任も大きく重いが、柚香は、約4年半に渡り花組のトップスターとしてそれを背負ってきた。
「自分が好きなこと、やりたいことを仕事にさせていただいているので、それを嫌だと思うことはなかったです。ただやはりお仕事ですので、好きだけでは成立しなくて、きちんと成果という形でお返ししていかなくてはいけない。そこに対しての責任はしっかり持っておかなくてはいけないと思っていました」
乗り越えないという選択肢はない
幼い頃からバレエに勤しみ、バレエ一筋の生活をおくってきた柚香。そこで培った抜群の身体性と舞台センス、そして舞台上で目を惹く華で、宝塚歌劇団に入団し早い段階から抜擢を受けてきた。しかし、先に出演したトーク番組『ボクらの時代』では、当時「ポジションをもらうことが怖い」と漏らしていたエピソードが明かされた。
そこには、「自分ができないことを認めるとか、自分のできない姿を見ることへの恐れがあった」と振り返る。それでも、大きなプレッシャーを乗り越え前に進む推進力となったのは、「憧れるものに近づきたい」という意思。
「もちろん逃げたくなる気持ちもありました。でも、それでもやるべきことに向かっていくと、できなかったことがちょっとずつでもできるようになったり、知らなかったことを知れたり、ひとつの気づきでそれまでとはまったく違うものが見えてきたりする瞬間がある。それが私には本当に喜びでしたし、そういう機会を与えてくださったことがありがたかったです。だから、プレッシャーに打ち勝ってきたというのではなく、ずっと感じたまま。それでも“こうなりたい”という目標があり、そのために“ここを克服しよう”“ここは直していかなくては”という気持ちを継続していたんじゃないかと思います。違う道を行っていることに気づかず遠回りをしてしまったこともありましたが」
ただ、目の前に立ちはだかる壁に対し「乗り越えないという選択肢を持たなかったような気がします」と語る。
「乗り越えられない壁だと感じてしまうのは、自分の未熟さや経験の少なさゆえ。ならば、自分がもっと経験を積んだり、その未熟さを克服していけば乗り越えられるはず、という考え方をしていました。結局はそれも、憧れに近づくためにやりたい、という気持ちがあったからだと思います」

相手のタイミングに合わせること
もともと強いリーダーシップで組をグイグイと牽引していくタイプではない。しかし、柚香の芸に対する真摯な姿勢と、止まることを知らない向上心、それらに裏打ちされた舞台姿の美しさは言葉以上の説得力を持ち、それが組の大きな求心力となっていた。
「トップスター就任当初から申し上げていたのは、組のひとりひとり…入団したての人に至るまで『自分がこの組に必要とされている』『自分の居場所はここにある』と思ってもらえるような組にしたいということでした。何気ない日常の中でも、その子にしかない良さや強みや魅力に気づいたら、できるだけ声をかけるようにしていました」
そう言った後に、「していた、というより、言いたくなっちゃうんですけど(笑)」と笑って付け加える。
「誰しも、その人にしかない魅力や良さがあって、本人がそこに気づけると、前に進む力になると思うんです。同じことを何度も何度も練習するのって、とても根気がいる大変なことではあるけれど、その積み重ねの先に自分の新しい可能性や道が広がっていると思えば頑張れるし、できなかったことができた瞬間の喜びって格別ですよね。それを上から押し付けるのではなく、それぞれが自分で気づいて感じてもらえるきっかけになれたらいいなとは思っていました」
たた、アドバイスもやり方によっては押し付けになってしまいかねない。
「私が心がけていたのは、自分が言いたいタイミングではなく、相手のタイミングを見て声をかけることでしょうか。自分の中で答えを探したいと思うときもありますよね。それは私自身もそうで、思い悩んで頭の中でぐるぐると考えている最中に、外からどんなにいいアドバイスをいただいても入ってこないんです。今、誰かからのアドバイスを欲しているだろうなというときを見計らう。そのときも、直接的にアドバイスとして言うのがいいのか、それとも相手が気づくようなヒントをさらっと渡すのかは、考えていましたね。かく言う私も完璧ではないし、完全に相手のことがわかっているわけじゃないから、どこまでできていたかはわからないですけれど」

1992年東京都生まれ。宝塚音楽学校を経て、2009年に宝塚歌劇団に入団。幼い頃から培ったバレエのスキルと華のある容姿で早くから注目され、数々の公演で主要な役柄に抜擢。『はいからさんが通る』や『花より男子』などに主演し、2019年に花組トップスターに就任。2024年の退団後は、『マチュー・ガニオ スペシャル・ガラ ニューイヤーコンサート』などに出演。2025年7月には『BURN THE FLOOR(バーン・ザ・フロア)-COLOR MY HEART-』、同年12月より舞台『十二国記-月の影 影の海-』に出演予定。
ブレることも大事だと思っています
つねに自身を客観視する冷静な目と、周りを見る広い視野、そして他人を思いやる想像力。それらを持ち合わせているからこそ、正解もゴールもない芸の世界に身を置きながら、ブレずにまっすぐ進んでゆくことができるのだろう。その揺るぎのなさの根底にあるものを知りたい。そんな言葉を向けると、「私もブレることはありますよ」との返事が返ってきた。
「私は、ブレることも大事なんじゃないかなと思っています。自分の考えに固執してしまうのもよくないですから。ときには、迷って悩んで過去を振り返って、自分自身を見直す時間も必要ですし。だからといって流されてしまうのも違う。大事なのはバランスじゃないでしょうか。ただ、自分のやりたいこと…信念は核に持っておきたいです」
芸の道を進むことに迷いはない。その核がブレないからこそ、柚香光はこうも清々しくまっすぐにいられるのだろう。