PERSON

2024.01.18

五木ひろし「八代亜紀の夢を見た」“謙ちゃん”と慕われた二人の関係

ハスキーな歌声で“演歌の女王”と呼ばれた八代亜紀さんが2023年12月30日に亡くなった。デビュー前から親交があり、ともに苦節時代を経てスター歌手になった間柄である歌手・五木ひろしに八代さんとの思い出を聞いた。第2回。#1

妹のような存在

1971年、五木ひろしは讀賣テレビの人気番組『全日本歌謡選手権』に出場。歌合戦の形式で10週間勝ち抜きグランドチャンピオンとなり、「よこはま・たそがれ」をレコーディングし大ヒットさせた。2年後の1973年、八代亜紀さんも『全日本歌謡選手権』で10週間勝ち抜き「なみだ恋」を発表。ヒットさせた。

銀座のクラブ、エースで歌っていた先輩後輩の2人は歌謡界での華々しい活躍をスタートさせる。

「銀座の時代から八代さんは妹のような存在でした。そんな僕の気持ちを彼女もわかっていて、ずっと後を追いかけてきた」

そう五木はふり返る。

歌謡界の第一線で活躍するようになっても、五木は八代を“亜紀ちゃん”と呼んで気にかけ、八代さんもステージでは後輩として“五木さん”と呼ぶものの、バックヤードでは“謙ちゃん”と言って懐いた。五木は歌手名“五木ひろし”の前、三谷謙という名で歌っていたのだ。

「銀座時代の習慣でつい謙ちゃんと呼ぶんだけれど、僕のかつての歌手名を知らないテレビ番組のスタッフは、謙ちゃんって誰? と首をかしげていました」

“五八戦争”ではなく“五六戦争”

五木は「よこはま・たそがれ」以降も「待っている女」「夜汽車の女」「ふるさと」などヒットを連発。1973年に「夜空」で日本レコード大賞を受賞する。

一方、八代さんは「なみだ恋」以降「愛の執念」「おんなの夢」「愛の終着駅」などをヒットさせ、1979年に「舟唄」を歌った。作詞は阿久悠。作曲は浜圭介。曲間に神奈川県・三浦半島で大正時代から歌われている「ダンチョネ節」を挿入したこの曲は、八代さんの代表曲として長く聴き継がれている。

そして翌1980年、五木の「ふたりの夜明け」と八代さんの「雨の慕情」がともにヒットした。

「世間でよくいわれる“五八戦争”です。ただし、あれは八代さんと僕との戦いではありません。あくまでもレコード会社や事務所によるレースです。賞レースというのは、周りがさわぐもの。本人同士は銀座時代からの謙ちゃんと亜紀ちゃんですよ。

メディアは五八戦争と書き立てたけれど、実際には“五六戦争”だよな、と八代さんと話していました。僕は独立して五木プロモーションを立ち上げて間もないころ。当時の彼女の事務所は六本木オフィス所属でしたから。五木ひろしと八代亜紀というよりも、五木プロモーションと六本木オフィスがしのぎを削っていたわけです」

この1980年は八代亜紀さんが「雨の慕情」で日本レコード大賞を受賞。

「謙ちゃん、ありがとう!」

八代さんは真っ先に五木のもとへ駆け寄った。

「お礼を言われて、僕も困っちゃいましたけれどね。事務所やレコード会社同士の賞レースとはいえ、負ければそりゃあ悔しいわけですから。今思うと、彼女も大賞まで上りつめられて嬉しかったんでしょう。勝てばうれしい。負ければ悔しい。その悔しさがバネになり、4年後に僕は『長良川艶歌』で2度目の大賞を獲るわけです」

そう話し、五木は目を細める。

「いい時代でしたよ。あの1980年にヒットを飛ばしたのは僕と八代さんだけじゃありませんから」

この年の歌謡界は大豊作だった。

山口百恵「さよならの向こう側」、都はるみ「大阪しぐれ」、沢田研二「TOKIO」、谷村新司「昴」、岩崎宏美「銀河伝説」、五輪真弓「恋人よ」、もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」、海援隊「贈る言葉」などがヒットした。

レコード大賞最優秀新人賞は、田原俊彦の「ハッとして! Good」と松田聖子の「青い珊瑚礁」が争い、ベストアルバム賞はYMOの『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』、山下達郎の『MOONGLOW』、長渕剛の『逆流』が受賞している。

「誰もが受賞にふさわしい活躍をしていました。実は昨夜、あのころの夢を見ましてね。詳しくは覚えていませんが、八代さんやかつての昭和の歌手たちがたくさん出てきました。そういう夢を見るのは、たぶん初めてですね」

八代亜紀との新車エピソード

このように五木と八代さんは切磋琢磨しながらともに歌手人生を歩んできた。

「彼女には声の調子を崩した時期もありました。歌手としての好不調の波を克服してずっと歌い続けてきた。彼女とはテレビの歌謡番組で数えきれないほど共演していますが、福岡県の博多座の公演でもゲスト出演してもらいました」

博多での終演後、食事をともにした。

「その席で、元夫で当時はマネージャーでもあった男性が、五木さんとジョイントすることが彼女の夢です、と言ってね。それならばということで、翌年にはジョイント・コンサートもやりました。銀座で出会ったころの曲を歌ったり、MCではクラブ時代の思い出を話したりね」

その時期、五木が気づいたことがある。

「僕が新車を買うとね。しばらくすると、彼女は必ず同じクルマを買うんですよ。ジョイント・コンサートのときも、最初は違う車種だったんです。ところがしばらくすると、ホールの駐車場に同じ車種が2台並ぶ。同じ車種を選ぶくらいそれだけ慕ってくれていたんでしょう」

そう話す五木が思う八代さんの代表曲は「舟唄」だという。

「初めて聴いたとき、鳥肌が立ちました。いい歌だなあー、と彼女に言ったことをはっきりと記憶しています。あの曲から、歌手としての彼女の大きな波が来た。阿久悠さんと組んでね。翌年の1980年に彼女は『雨の慕情』でレコード大賞を受賞するわけですが、あのとき僕はね、彼女のノミネート曲が『舟唄』だったら負けてもしかたがないと思いました。近々、僕は越谷でコンサートをやるので、彼女への追悼で『舟唄』を歌おうと思います」

※次回に続く

TEXT=神舘和典

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