日本選手最多タイ6度の夏季五輪出場を誇る飛び込みの寺内健(43歳・ミキハウス)が2023年9月1~3日に開催された日本選手権を最後に現役を引退した。2021年の東京五輪の演技後には各国の選手、コーチから総立ちで拍手を浴びた世界的レジェンド。メダルへの渇望が30年以上も第一線を走り続けたモチベーションだった。連載「アスリート・サバイブル」
世界からレジェンドと認められた瞬間
30年以上に及んだ現役生活で忘れられない光景はいくつもある。2021年の東京五輪のラストシーンも最も脳裏に焼き付いているハイライトの一つだ。
2023年8月3日、東京アクアティクスセンターで行われた男子板飛び込み決勝。寺内健が最終6本目のジャンプを終えて、プールを上がると感動的な景色が待っていた。
新型コロナウイルスの影響で無観客開催。一般の観客はいなかったが、プールサイドやスタンドに陣取った各国の選手、コーチ、スタッフからスタンディングオベーションを浴びた。
当時41歳。全世界の飛び込み“ファミリー”が自国開催の五輪で奮闘した大ベテランの雄姿と功績を称えた。世界からレジェンドと認められた瞬間だった。
それから2年余り。2023年9月14日、大阪・八尾市にある所属企業ミキハウス本社で開いた引退会見。
寺内は「レジェンドと言っていただけるのはうれしいが、レジェンドになれなかった思いはある。(五輪で)メダルをとって(レジェンドと呼ばれて)“ありがとうございます”と言いたかった」と競技人生を振り返った。
一度は現役を引退。復帰を後押しした北島康介の言葉
2001年世界選手権福岡大会の板飛び込みで銅メダルを獲得したが、6度出場した五輪では2000年シドニーの高飛び込みと、2021年の東京五輪のシンクロ板飛び込みの5位が最高成績。
30年以上の競技人生で追い続けてきた五輪のメダルには届かなかった。
1996年のアトランタ五輪に15歳で初出場。2000年シドニー五輪、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪と4大会連続で五輪に出場し、2009年4月に一度は現役を引退した。
1年半は会社員として、水着の販売や企画を担当。選手をサポートする立場も担ったが、心の底にある「まだやれる」との思いは消えなかった。
2010年8月に復帰を決断。当時現役の競泳平泳ぎ2大会連続2冠の北島康介からの「健ちゃん、また一緒にやろうよ」の言葉に背中を押された。
二度目の現役生活は膝の故障などに苦しみながら、2016年リオデジャネイロ五輪、2021年の東京五輪に出場。
その後は故障続きで満足に練習ができず、2023年7月の世界選手権福岡大会は代表落ち。「追い込む練習ができず、自分らしさが失われてしまう」と二度目の引退を決断した。
レジェンドの第二の人生
引退試合として臨んだ2023年9月の日本選手権は男子シンクロ板飛び込みで坂井丞(31歳・ミキハウス)とペアを組んで優勝。日本選手権で通算34個目のタイトルを手にして優秀の美を飾った。
「五輪でメダルは取れなかったが、険しく常に挑戦しかないなかで(馬淵崇英)コーチと歩んできた道は、100点以上のものがある。最後の日本選手権は清々しく終えることができた。すごく満足している」
充実感を滲ませたうえで、こう続けた。
「メダルをとれなかったからこそ6回五輪に出られたと思う」
飛び込み台への階段は必ず左足から上り、試合中に使うタオルの畳み方は演目により二つ折り、三つ折りに分ける。大会前は部屋を徹底的に掃除。「死んで部屋を見られてもいいように」と侍ばりの覚悟でプールに向かう。
小学6年時のジュニア五輪にTシャツを丁寧に畳んで臨んで優勝。日常の奇麗さが演技に反映されたことを機に験担ぎを始めた。現役引退により、30以上もあるルーティンにも別れを告げることになる。
今後はミキハウスに残り、当面はシンクロ板飛び込みでペアを組んだ坂井の指導に当たる。指導者の勉強に加え、競技の裾野を広げる活動にも意欲を見せ「指導者一本という答えは出ていない。経験をどう伝えられるか試行錯誤していきたい」との方針を示した。
第二の人生の指針は明確。後進が日本飛び込み界初の五輪メダルを獲得するために、何ができるのか──。第一線を退いてもメダルを追う姿に変わりはない。
寺内健/Ken Terauchi
1980年8月7日兵庫県宝塚市生まれ。生後7ヵ月で水泳を始め、小学5年時に飛び込みに転向。此花学院高、甲子園大、甲子園大大学院を経て、ミキハウスに所属。2008年北京五輪後に一時引退も、2010年に復帰。2016年リオデジャネイロなど6度の五輪に出場。1m70cm、68kg。血液型A。
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。