2023年3月に発売された小説『笑って人類!』は、爆笑問題・太田光にとって3作目となる書き下ろし長編である。芸人としてはもちろん、あらゆるシーンでトップランナーとして走り続ける太田は、どのような姿勢で仕事と向き合っているのか。ゲーテ統括編集長の舘野晴彦が、"小説家"としての仕事人の顔に迫った。動画連載「2Face」とは……
6年の歳月をかけた、太田光の渾身作
『マボロシの鳥』(2010年)、『文明の子』(2012年)に続く太田にとって11年ぶり3作目の書き下ろし小説『笑って人類!』は、実は映画のシナリオとして書き始められた。
「2年かけて書いたんですけれど、なかなか実現することができなくて、映像化はいったんボツになってしまったんです。それでも諦めきれないから、ちょっと形を変えて、小説にして膨らませてみようかなと。小説が出来上がるまでに6年くらいかかりました」
あらゆるメディアに"出ずっぱり"の太田だが、仕事の合間を縫って、様々な場所で書き続けたという。書きかけの原稿はパソコンの中でいつも開いたまま。そうして丁寧に作り込まれた作品は、原稿用紙1200枚、2段組532ページを数える長編に仕上がった。
「映画を作る想定で書き始めたこともあって、今回は『場面をどう作るか』を考えながら書いたんですよ。その時点で『映像化したら4時間も5時間もかかる作品になるよ』と言われていたけど(笑)。それを小説に作り変えるんだから、むしろ『あらゆるものを詰め込みたい』という思いはあったかもしれない。だから、キャラクターの背景まで詳しく書き込んでいったら、サイドストーリー的なところまでどんどん膨らんでいってね」
『笑って人類!』で描かれる舞台は今から100年くらい先の未来だ。主要国のトップが集結する「マスターズ和平会議」に遅刻した小国のダメダメ首相が、しかしそのおかげで命を救われ、世界平和の実現のために立ち上がる――そんな独創性溢れる空想の世界を、緻密なロジックや圧倒的な知識、刺々しい風刺や、ただただ笑えるだけのユーモアを全部ごちゃ混ぜにして精巧に組み上げた。
テーマは"人類"。太田には思うところがある。
「政治バラエティーみたいな番組をやることも多いので、本を読んだり、政治家の人と話したりしながら、人類という大きなテーマについて考える機会は多いかもしれません。あとはね、カート・ヴォネガットという小説家が大好きなんですよ。あの人が書くスケールの大きいSF小説みたいな感じで、面白いドタバタコメディーをいずれ書いてみたいという思いはずっとありました」
言葉のとおり『笑って人類!』はいかにも"らしさ全開"のドタバタ活劇なのだが、しかしその世界観は読み進めるほど想像以上に大きく広がり、太田が作品に込めるメッセージはくっきりと浮かび上がってくる。それを演出する登場人物たちのキャラクターも秀逸で、中でも総理という設定の主人公・富士見の存在感は突出している。
富士見は言うのだ。「未来は明るい」。根拠はないけれど妙な説得力があり、勇気づけられるから不思議だ。
「あれは、僕が大好きな森繁久弥さんの"社長シリーズ"、ああいう映画を作りたいという思いから生まれたところがあって。つまり未来は明るいけど根拠はないってのは、我々が植木等さんや青島幸男さんから学んだ感覚ですよね。植木さんの歌に『金のないヤツは俺のところへ来い。俺もないけれど心配するな』なんて歌詞があるけれど、『そのうち何とかなるだろう』というあの精神に僕自身がすごく勇気づけられたんです。あの時の無責任シリーズがどれだけ日本人を元気にしたんだろうと考え、僕もそういうものを作りたいと思いました」
世の中や人類なんて、ドタバタ喜劇のようなもの
およそ100年後の世界を描いた物語には、太田なりの"未来感"がいくつも表現されている。
人間の魂を宿したロボット。愛煙家に「死ね」と伝えるたばこ。国民につけられた"順位"などなど。作中で表現された未来にまつわるアイデアを、対面する舘野は「もはや発明」と表現した。太田は笑った。
「俺も喫煙者なんだけど、たばこのパッケージに書いてあるじゃない? 『あなたの健康を害する可能性があります』と。外国なんかだと、もっと強烈な写真が載っていたりしてね。嫌がらせみたいなもんでしょ。それを見るたびに『これ売りたくないの?』って思う。そういうことを茶化してやりたいという気持ちもあるんですよね。
今でさえ、ちょっと前だったらよくわからなかったことがたくさんあるじゃない。例えば、2次元の人のことを見た目だけじゃなく本気で好きになる人だっている。恋愛としては疑似体験みたいなものだったけれど、そういう境目がどんどんなくなってきている。ただ、それはそのうち違いがちゃんとわかるようにしなきゃいけないんじゃないかなとか、いろいろなことを考えます」
芸人としても、作家としても、"言葉"を巧みに操りながら、自身の内側にある思いを丁寧に届けてきた。その根幹にある「伝えたいこと」は一貫している。
「やっぱり、『世の中面白いよね』ということぐらいしかない。というか、『"どんなことがあっても笑えるよね"と考えられないかな?』という提案だったりするのかもしれません。何かと心配事が多い世の中だけど、でも、見方を変えれば世の中や人類なんて常にドタバタでしょ? そもそもドタバタ喜劇のような世の中であると考えれば、どんな状況だって楽しめちゃうんじゃないかというね。僕自身は『不謹慎』とよく言われるけれど、我々の仕事って、そういう笑えない事柄を笑いごとにすることだと思っているので。そこが伝わればいいなと思いますね」
計6年の歳月をかけて練り上げた作品があまりにも精巧で、つい次回作にも期待したくなる。
「『笑って人類!』については、そういうことばかり頭にあって書いたものですからね。実は、それより前に出したかった小説があるんだけど、それは今のところ脇に置いたままなんです。ひと段落したら、もしかしたらそっちに取りかかるかもしれません」
太田の中には、おそらく明確な判断基準がある。あれはいい。これはダメ。あれは好き。これは嫌い。その判断基準に基づいて心や頭に浮かんだ言葉をためらいなく発信する。時にはまるで子どものように騒ぎ立てることもある。
「だからダメなんだよね」と本人は苦笑いを浮かべるが、間違いなく、それが彼の面白さであり表現者としての魅力だ。芸能界のトップ集団を走り続ける太田光の仕事人の顔は、情熱を静かに秘める、まさに表現者の顔だった。
Haruhiko Tateno
1961年東京都生まれ。'93年、創立メンバーの一人として幻冬舎を立ち上げて以来、各界の表現者たちの多彩な作品を世に出し続ける。2006年に「GOETHE」を創刊し、初代編集長も務めた。
■動画連載「2Face」とは……
各界の最高峰で戦う仕事人たち。愛する仕事に熱狂する姿、普段聞けないプライベートな一面。そんなONとOFFふたつの顔を探ると見えてくる、真の豊かな人生に迫る。