日本にSFの概念を根付かせた第一人者である漫画家・松本零士が2023年2月13日、85歳でこの世をさった。彼の描く宇宙には、貧乏のどん底で餓えた四畳半の下宿生活、そして戦闘機で空を飛んでいた父の姿が常に映し出されていた。仕事がなくても、腹を空かせても、執念を込めて漫画を描いた松本零士の不撓不屈(ふとうふくつ)の根性のルーツとは――。過去の貴重なインタビューを3回にわけて振り返る3回目。【#1】【#2】※GOETHE2009年9月号掲載記事を再編。
息子の作品のなかで宇宙を飛んだ父
この時代以降、彼の作品には彼自身の経験が、色濃く反映されていくことになる。そして、松本零士アニメのブームが到来する。
「昔、父が炭焼きをしていた頃に、山の上の炭焼き窯の前で、戦闘機に乗っていた当時の話を聞かせてもらってました。星空を見上げながら父が言うわけです。『夜間飛行をするとな、自分の上も下も一面の星で、宇宙を飛んでいるみたいなんだ』とか。太平洋上に海の水が途轍もなく澄んでいて、海底の珊瑚礁まではっきり見える場所があるという話も聞きました。『海水が見えないから、どこまでが空でどこからが海か区別がつかないんだ』って。僕の作品には宇宙がよく出てくるけれど、その原体験は父が見た世界なんです。父はソファに座ったまま亡くなりました。『俺は今から死ぬ。泣くな』と言ってね。自分の心臓が止まったのがわかったんです」
髭を蓄えた父親は、古武士のごとき風貌だったそうだ。その面影も、命の終え方も『ヤマト』の沖田艦長に重なる。二度と操縦桿を握らなかった父親は、息子の作品の中で大空を飛んだのだ。部下である若者たちのあまりにも多くの死を見つめてきた父親は、いつもこう言っていたという。
「若者は死んではいけない。人は生きるために生まれてきたのだ」
それは、彼のすべての作品の底に流れるメッセージでもある。命は一瞬だ。けれど、その命の輝きは世代を超えて、無限に生き続ける。だから短い人生を精一杯に生き抜くことには、無限の価値がある。55年におよぶ漫画家生活を通じて、松本零士はそのひとつのことを描き続けてきたのだと思う。
「結果は問わない。自分の信じた道を行くべきです。それが、人生を後悔しない唯一の道です。苦しくても、辛くても、歯を食いしばって前に進む。信じるものは、自分のみ。そうやって生きている瞬間を幸福と呼ぶんだと思います」
松本零士のサムライたちに贈る3つの戒め!
01.ちゃんと食って、どこでも寝ること!(風呂に入らなくても死なない)
02.若者を侮(あなど)るな! 若者の未来でしっぺ返しされるぞ
03.一度固めた信念を曲げるな! 後悔は必ず繰り返される
松本零士のルーツ【3】55年ごしの仕事道具
ひとつの輪へつながっていく松本ワールド代表作
55年以上にわたる漫画家生活のなかで、発表された作品は100本近くにおよぶ。そんな松本作品の登場人物たちは、別タイトル作品でも子孫であったり先祖であったり、血脈が続いているのだ。