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2022.10.28

毎月30人社員増と急成長中のタイミー小川嶺。その経営手腕の源泉

副業の促進やコロナ禍による働き方の変化、物価高など、昨今の社会情勢も追い風となり、2018年のサービス開始以来快進撃を続けるスキマバイトアプリ、「タイミー」。後編では、代表取締役・小川嶺さんが、大学3年時にタイミーを立ち上げるまでの軌跡を紐解く。<前編はこちら> 連載「起業家の星」とは……

タイミー代表取締役 小川嶺さん

生徒会長時代に磨かれた、ビジネスの基礎

2018年、立教大学3年時に、“アルバイトする側”というユーザー目線に立ったスキマバイトアプリ、タイミーのサービスをリリースした小川嶺さん。「履歴書の提出や面接などの手間をなくし、働きたい時にすぐに働ける」「すぐにバイト代が入る」など、アルバイトする側のニーズを反映したことがうけ、事業はスタート直後から急成長。その後、雇用側のニーズや利便性にも応え、働き手と職場双方のレビューを導入するなど、サービス内容のブラッシュアップをはかり、’22年8月現在の利用者(働き手)累計は300万人、登録事業者数約30,000社、登録事業所は約80,000拠点と、その勢いは留まることを知らない。

「起業家を目指すことを決心したのは、高校3年の冬、祖父の死がきっかけでした。世界で最も尊敬する祖父の死に目に立ち会えなかったのが、すごくショックで。人の死は突然やってくる、人生の時間は有限だということを、思い知らされました。いつ死んでもいいように、やりたいことがあるなら、今やろう。そう思い、高校卒業直前の1月から3ヵ月間、ベンチャー企業でインターンをして、ビジネスについて学ばせてもらいました」

タイミー代表取締役 小川嶺さん

創業当初は、「Taimee」の表記だったが、2019年11月、「Timee」に変更。ロゴも一新した。

 
高校3年の1月といえば、一般的には大学受験直前だ。けれど、小川さんが在籍していたのは、立教大学付属の立教新座高等学校。内部進学のメリットを生かし、早くも高校時代に、インターンに挑戦したというわけだ。

その高校で3年次に生徒会長を務めた経験も、起業家を目指すことにつながったという。3学年で約600人の男子が学ぶ立教新座高等学校。生徒会長選挙に当選するために戦略を練り、当選後は、知恵を絞り、周囲を巻き込みながら、“公約”を実現すべく奔走した。

「生徒会長に立候補したのは4人。下級生からいかに票を集めるかがカギになると思い、自分だったらどんな上級生に投票するかを考えました。そこで打ち出したのが、『学校にWi-Fiを設置する』『運動会を開催する』『文化祭の集客を増やす』という公約。それが当たり、次点の3倍の票を集めて、無事当選できました」

Wi-Fi設置は、予算の関係で断念し、リサーチなど次年度への道筋をつくるだけで終わったが、あとの2つは、見事実現。学校行事として運動会を開催し、文化祭は、それまでの1.5倍もの来場者を集めるなど、大成功を収めた。

「最寄り駅の向こう側に慶應志木高校があり、同じ日に文化祭が開かれるんですが、あちらはJKに大人気(笑)。じゃあ、ウチはどこをターゲットにしよう!? と考え、思いついたのが、子どもです。学校の周りは、小さな子どもがいる家族が多く住んでいて、幼稚園や保育園もたくさんあったので」

そこで、近隣の幼稚園や保育園、商店街にチラシを配り、縁日やビンゴ大会など、家族で楽しめるイベントを開催。結果、予想以上の来場者があったという。目標を立て、必要なマーケティングをし、戦略を練り、周囲を巻き込みながら実行に移す。経営者に必要な手腕の一部は、この頃すでに身に着けていたのかもしれない。

「その時はまだ、起業や経営に関心はなく、『どうしたら、このプロジェクトを成功させられるか』を考えていただけなんですけどね。でも、新しいことを発想し、それを実現するにはどうしたらいいか、どうやって広めるかを考えるのは楽しかったし、自分に向いているなと感じました」

この経験と祖父の死、また、祖父の死後、先祖がかつて会社を経営していたこと、祖父がその再興を目指していたことを知ったのも重なって、小川さんは、起業を志すようになる。

タイミー代表取締役 小川嶺さん

現在は、国内に6つの支社を持ち、毎月30人ベースで従業員を増やすなど、急成長しているタイミー。本社オフィスはフリーアドレスで、小川さんも社員たちと横並びで座る。リモートワークも導入しているため、オフィス内には、オンライン会議などに使える個室タイプのブースを設置。

20歳で立ち上げたファッションアプリに500万円の出資オファー

高校卒業後、立教大学に進学した小川さんは、起業に向け、早速行動を開始する。在籍していた経営学部の1年生、300人ほどに「いっしょに起業しないか」とアプローチ。起業家育成を目的とした学生団体を立ち上げ、外部講師を招いて起業について学び、プロジェクトも立ち上げた。

「かなりヤバいヤツだと思われていたと思いますよ。『起業なんてできるわけない』と、叩かれたこともありますし、ほら吹き呼ばわりもされました。でも、僕には信念がありましたからね。もっと多くの若者が起業を目指せば、日本はきっと良い方向に変わるって。その志があったから、何を言われても平気だったし、壁に当たっても、折れることはなかったです」

最初の起業は、大学2年だった2017年、自分の体形と好みを入力すると、人気ブランドから似合う服を提案してもらえるというファッションアプリだった。

「僕は男子校出身でファッションには無頓着だったんですが、大学に入ったらおしゃれな男子学生がたくさんいて衝撃を受けました。それで、簡単におしゃれになる方法はないかと考え、このアイディアを思いついたんです」

アパレル業界の不況が叫ばれて久しい。ファッションに疎い“潜在ユーザー”を取り込むことで、アパレル業界が活性化するのではないか。そんな思惑もあったという。

ところが、投資家を回るうちに「ファッションに関心が薄い人は、プロのコーディネートを必要としないのでは?」と、そのビジネスモデルの欠点を指摘され、おしゃれが好きな女性向けサービスに方向転換。投資家から出資のオファーを受けるものの、小川さんは「これは自分がやるべき事業ではない」と身を引く。

「生徒会長時代も、起業家育成団体をつくった時も、僕の強みは、ユーザー目線に立てることだと自負してきました。でも、おしゃれ好きな女性向けサービスにおいて、僕はユーザーではない。起業で重要とされる、『Why You?』が満たされていないわけです。そこで、事業譲渡し、改めて、自分が欲しいものを考え、行きついたのがタイミーでした」

タイミー代表取締役 小川嶺さん

本社オフィス内の一角に設けられたバーカウンター。18時以降は、ひとりにつきアルコール2本まで無料で提供し、社内コミュニケーションを促す。小川さん自身、ここで社員たちと語らうこともあるそうだ。

バッターボックスに立ち続けなければ、ホームランは打てない

2018年8月にローンチしたタイミーのサービスは、瞬く間に評判となり、12月には、サイバーエージェントの藤田晋氏が手掛ける「藤田ファンド」をはじめ、著名企業が約3億円を出資。小川さんは、起業家として順風満帆なスタートを切った。当初、登録事業者が飲食店中心だったこともあり、コロナ禍で一時期売上が激減したものの、予想以上のスピードでV字回復。今も順調に業績が伸びているのは、前述の通りだ。
 
ところが、V字回復した直後、小川さんは代表取締役を退任する意向を固める。

「回復の速度が自分の想像を超えていて、もはやタイミーは、僕がハンドリングできる規模ではなくなってしまったと感じたのが理由です。急回復したということは、世の中に求められていて、絶対につぶしてはいけない企業だということ。それを経営するのは、僕なんかより、もっと能力のある人の方がふさわしいんじゃないかと思って」

悩んだ末、小川さんは会長職に退くことを役員会に提言、了承された。けれど、それを、株主のサイバーエージェント藤田晋氏に報告に行った時、藤田氏が口にしたのは、「君は逃げているだけだ」という言葉だった。「自分に実力がないなら、それはしかたがない。でも、何度三振しようと、打席に立ち続けなければ、ホームランは打てない。君が目指している経営者たちは皆、ずっとバッターボックスに立ち続け、一度も逃げたことはないよ」と。

「藤田さんにそう言われて、ハッとしました。自分がやろうとしているのは、逃げることだったんだって」

小川さんは、その場で藤田氏に、「もう絶対に逃げません。自分がやれるところまでやります」と宣言。タイミーの経営陣にも頭を下げ、「半年間、見ていてほしい。経営者としてのスタンスがブレていたり、実績が上がらなければ退くから」と懇願し、代表取締役に復帰した。

「藤田さんにも、仲間たちにも、心から感謝しています。いろんな人に迷惑をかけたし、自分自身すごく悩んで辛かったけれど、あれがあったおかげで、経営者として成長できた気がします。今後の目標ですか? “働くインフラ”として、いずれは、働き手のための保険や福利厚生の充実など、『安心して働ける環境づくり』に力を入れたいですね」

働くことを通じて得られる多くの人との出会いと経験の積み重ねは、いつか必ず一人ひとりの価値を照らし、人生の可能性を広げる足がかりになる。タイミーが掲げるこのミッションを、小川さん自身もまた、実感していることだろう。

年を重ねるにつれ、小川さんの“ユーザー”という立場も変化してくるはずだ。小川さんが新たなユーザー目線で、次にどんな事業を仕掛けるか、期待したい。

■前編はこちら

Ryo Ogawa
1997年4月13日生まれ。高校生の時に起業に関心を持ち、リクルート/サイバーエージェントでのインターンを経験。2017年8月にアパレル関連事業のRecolleを立ち上げるも1年で事業転換を決意。’18年8月10日よりスキマバイトアプリ「タイミー」のサービスを開始。「一人ひとりの時間を豊かに」というビジョンのもと、様々な業種・職種で手軽に働くことができるプラットフォームを目指す。

過去連載記事

■連載「起業家の星」とは……
志を高く持ち、夢を語り、世界に一石を投じるのは、いつの時代も若手の起業家たちだ。本連載では、未来を形づくるその仕事に迫り、明るい社会を期待せずにはいられない起業家の想いに光を当てる。

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TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=古谷利幸

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