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2022.09.23

W杯出場の立役者・板倉滉が日本代表守備のキーマンへと成長を遂げた理由

サッカー日本代表のDF陣。一時代前に比べ、守備の人材は豊富になってきたと言える。そのなかでも、序列を大幅に上げて、軸になりうると言われているのが板倉滉だ。温厚な人柄ながら、いざピッチに立てば相手のエースを封じこむ。彼は如何にして、のし上がってきたのか。その秘密に迫る。取材は2022年6月。

板倉滉

俺しかない。ここでダメなら俺は終わりだ。

2022年3月、サッカー日本代表は7大会連続となるワールドカップ出場を決めた。

だが、その過程では、かつてないほどの苦境に追いこまれた。’21年9月に開幕したアジア最終予選の序盤で2敗を喫し、黒星が先行。メンバーとフォーメーションを変えることでチームは息を吹き返したが、’22年1月、2月の中国、サウジアラビアとの連戦を前に、今度は大きなアクシデントに見舞われる。

キャプテンの吉田麻也とイングランドの名門・アーセナルでプレイする23歳の冨安健洋、不動のセンターバックコンビを負傷のために同時に失ったのだ。

この危機的状況から代表チームを救ったのが、25歳のDF板倉滉だった。

最終予選初出場とは思えないほど落ち着き払ったプレイを見せるのである。

「招集された時点で、麻也さんとトミがいないのはわかっていたので、気合が入っていました。これはもう俺しかいないなと。逆に、ここでやれなかったら終わりだな、とも。いいプレイをしようという気持ちはいっさいなかったです。とにかく90分が終わった時に勝っていればオーケーだと。そんな気持ちになったのは初めてでしたね」

2試合続けて2-0の完封勝利に貢献すると、3月に行われた敵地・オーストラリアでの大一番で、復帰した吉田のパートナーに指名される。激しい雨の中、肉弾戦を制し続け、ワールドカップ出場権獲得の立役者のひとりとなるのだった。

「最高でしたね。そのひと言に尽きます。でも、競争はこの先も続く。誰かがケガをした時の代役という印象が強いかもしれないですけど、僕はいつだってスタメンを狙っている。僕らの世代が突き上げていかないと、日本代表は強くならないと思っているので」

板倉滉

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フロンターレの下部組織からトップチームに昇格し、’17年にはU-20ワールドカップに、’21年には東京五輪に出場した。さらに’19年1月からヨーロッパでプレイしているように、その実力に疑いの余地はない。

だが、一見すると輝かしいキャリアも、日の当たる道ばかりではなかった。

U-20ワールドカップではポジションを摑み切れずに2試合の出場に終わり、東京五輪では冨安の負傷によって出場機会を得たのみ。フロンターレでも在籍3年間で、リーグ戦7試合しかピッチに立っていない。

「フロンターレ時代は、練習に気持ちが入らないこともありました。監督はなんで使ってくれないんだって。でも、先輩たちから『自分にベクトルを向けろ』と言われて、気づけたというか。腐ったところで、自分に跳ね返ってくる。どんどん置いていかれるだけなので」

そんな板倉のサッカー人生が大きく動きだすのは、プロ4年目を終えた’18年冬のことだ。

ベガルタ仙台に期限つき移籍を果たし、シーズンを通して活躍すると、世界的な強豪クラブ、マンチェスター・シティから獲得オファーが届くのだ。186センチの長身ながら足元の技術にも優れる板倉の将来性が買われたのだった。

もっとも、すぐにシティでプレイできるわけではなかった。

シティは若く才能のある選手を青田買いして別のリーグのチームに貸しだし、シティでプレイするのにふさわしい成長を遂げた者だけを呼び戻す戦略をとっている。板倉もオランダのフローニンゲンで経験を積むことになった。

「あの時点で自分にそれだけの実力がないのはわかっていました。シティの練習も見せてもらったし、スタジアムで試合も見た。力をつけて、この場所に戻るんだと誓っていました」

オランダ時代を振り返る時、板倉の脳裏に浮かぶのは、加入して半年の苦労だ。

「まったく試合に出られなかったですから。ひとりで部屋にいると、日本に帰りたいと思ってしまって。でも、そんな自分に腹が立ってきた。なんで、あいつらに負けるんだって。何くそ精神じゃないけど、練習で認めてもらうしかないなって。それにクヨクヨしたり、落ちこんだりしないタイプなので(笑)」

知らない土地に飛びこみ、必死にもがくことが大切

翌シーズンから2年間、フローニンゲンで定位置を摑み、自身のクオリティを証明した板倉の次なるレンタル先となったのはドイツのシャルケ04だった。かつて欧州チャンピオンズリーグの常連だった名門クラブだが、1年前に2部に降格していた。

「最初は1部でやりたいと思っていたんですけど、シャルケは名門だし、強化部が『1部復帰に力を貸してくれ』と熱心に誘ってくれて、やり甲斐があるなと。シャルケの映像を見せてもらったら、サポーターが熱狂的でスタジアムの雰囲気がすごかった。それに魅せられて決めたところもあります」

シャルケ04では加入2日後、まだチームメイト全員の名前を覚えていない時点で試合に起用されるほど、期待された。

ドイツの屈強なFWを相手にバトルを繰り広げ、鋭いタックルで相手からボールを刈り取ると、6万人の観客で埋まったフェルティンス・アレーナのスタンドから雨のような拍手が降り注ぐ──そんな反応に乗せられながら、板倉は1試合1試合成長を遂げていく。

板倉滉

そして、その先に1部復帰達成という幸福が待っていた。

「『やったぞ、ノルマ達成だ』という気持ちになった時に、フワッと力が抜けて。あんなに脱力したのは初めてでした。ずっと『ここで活躍しないと次はないぞ』と思っていたんですけど、やっぱりプレッシャーがかかっていたんだなって」

迎える新シーズン、板倉はドイツ1部の強豪、ボルシア・メンヘングラートバッハのユニフォームを纏う。この3年半は期限つき移籍だったが、今回は完全移籍となった。

これでシティに戻るという目標は、いったんは潰えてしまった。だが、武者修業に出された若者が才能を開花できず、母国への帰国を余儀なくされる例は少なくない。移籍金を払ってでも獲得しようとするクラブによって争奪戦が繰り広げられたのは、勲章と言えるだろう。

「シティに戻れなかったのは残念ですけど、フローニンゲンでもシャルケでも、僕は『このチームのために』と思って戦ってきた。だから、シティに帰りたいという執着はなかったです」

熱い言葉を発しているようでいて、目の前の男からその熱は伝わってこない。飄々として見える板倉は、しかし着実に、歩みを進めている。

「知らない土地に飛びこみ、知らないメンバーと競争をする。そこで必死にやることで、また成長できる。今いる環境で自分を出すことだけにしっかりフォーカスしていきたい」

いつだって、どこだって、自分に焦点を当てて上を目指す。虎視眈々と、チャンスが巡ってくるその時まで──。

サッカーを楽しむことを大切にしている選手も少なくないが、板倉はそうではない。

「シーズン中に『サッカーって楽しいな』って思えることはないです。子供の頃のようにノープレッシャーでサッカーをしているわけではないので。シーズンが終わってようやく、『楽しかったな、充実してたな』って感じるんです」

この1年は、代表では東京五輪を戦い、ワールドカップ出場を決めた。シャルケ04では2部優勝、1部復帰を決めた。

「1年間頑張った甲斐があったなって。そういう時に、サッカー選手としてのやり甲斐を感じます。今度の1年は、新チームでの新たな挑戦があるし、11月にはワールドカップがある。1年後、『めちゃめちゃ充実してたな』と思えるような1年にしたいですね」

TurningPoint~シャルケ04と日本代表~

1.2部に落ちたドイツの名門クラブを1年で1部に引き上げた。

板倉滉

2010年から’18年まで在籍した内田篤人以来、ふたり目の日本人選手となった板倉は、加入してすぐに指揮官の信頼を勝ち取り、シーズン通して3バックの一角として起用された。対戦相手に応じてシステムを変えるチームにおいて、板倉は時に中盤に上がるなど戦術上のキーマンとなり、闘志溢れるプレイでシャルカー(熱狂的なシャルケファン)の心を摑む。念願の瞬間は5月8日に訪れた。ザンクト・パウリ戦に勝利し、1年での1部復帰のミッションを成し遂げるのだった。

2.日本代表のセンターバックの定位置を奪取!

板倉滉

’21年9月に開幕したカタールワールドカップ・アジア最終予選の前半戦、出番のなかった板倉はベンチからチームの戦いを見つめながら恐怖を感じていたという。「どれだけ緊迫していて、厳しい戦いをしているかが伝わってきましたから」。だが、’22年1月、吉田と冨安の負傷によってチャンスを摑むと、出色のプレイを披露して本大会の出場権獲得に貢献。6月のブラジル戦でも先発し、見事な対応で相手のエース、ネイマールを封じこめた。今や代表チームに欠かせない存在だ。

Kou Itakura
1997年生まれ。川崎フロンターレの下部組織から2015年トップチームに昇格した。ベガルタ仙台などを経て、’19年に名門マンチェスター・シティと契約し、海外移籍。’21年8月にドイツ・ブンデスリーガへ。新シーズンからボルシア・メンヘングラートバッハに所属。空中戦の強さに加え、足元の技術も高い、クレバーなDF。

TEXT=飯尾篤史

PHOTOGRAPH=鈴木規仁、AFLO

STYLING=安西こずえ

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