どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てる連載「スターたちの夜明け前」。今回は、阪神・大山悠輔がスターとなる前夜を紹介していきたいと思う。【過去の連載記事】
阪神逆転優勝への波をつくるキーマン
開幕から9連敗と最悪のスタートとなったものの、セ・パ交流戦ではヤクルトに次ぐ2位となるなど、急浮上を見せている今年の阪神タイガース。そのチームにあって、巻き返しの大きな原動力となっているのが主砲の大山悠輔だ。6月に入るとそれまでの不振が嘘のように打ちまくり、交流戦ではいずれも両リーグトップとなる7本塁打、21打点の大活躍を見せ、優秀選手に贈られる日本生命賞も受賞している。交流戦後もその勢いは続いており、打撃タイトル争いに絡んでくる可能性も十分にあるだろう。
そんな大山は2016年のドラフト1位でプロ入りしているが、高校、大学ではともに全国大会出場の経験はなく、一般的な知名度は決して高い選手ではなかった。初めてプレーを見たのは白鴎大の1年生だった2013年4月27日に行われた上武大との試合だ。大山は1年生ながら3番、サードで出場すると、第1打席から2打席連続でレフト前ヒットを放ち、続く2打席でも四球を選んで全打席出塁と早くもその才能の片鱗を見せている。当時のプロフィールは178㎝、70㎏となっており、まだまだ身体つきは頼りなかったが、伸びやかなスイングは将来性の高さを感じさせた。
しかし、大山のその後は決して順風満帆だったわけではない。マークの厳しくなった2年春のシーズンは打率.205と低迷しており、筆者が現地でプレーを見た2014年4月26日の平成国際大戦でも佐野泰雄(現西武)に4打数ノーヒット、2三振と完璧に抑え込まれている。2年秋以降は持ち直し、3年時には春秋連続で打率3割をクリアしたものの、この時点ではドラフト1位でプロ入りするような選手という印象は受けなかった。
貫禄を見せ始めた大学4年春の上武大学戦
そんな大山のイメージが大きく変わったのが大学4年の春、2016年5月16日に行われた上武大との試合である。この試合で大山は第1打席にいきなり先制のスリーランを放つと、第3打席にもこの日2本目となるホームランをレフトへ運び、4打点の大活躍でチームを勝利に導いて見せたのだ。どちらのホームランも打った瞬間にそれと分かる当たりであり、相手の守備もただただ見送るだけだった。下級生の頃から大きく変わったのがその体格だ。この時の身長、体重は181㎝、84㎏となっており、1年生の頃と比べても明らかに身体つきがたくましくなったことがよくわかる。身体が大きくなってパワーがついたことで余裕を持ってボールを見られるようになり、相手投手を完全に見下ろしているようにすら見えた。
当時のノートにも「ゆったりとした動きでボールを呼び込み、見事なフルスイングでレフト上段へ。一振りで変化球をしとめるのは凄いの一言。(中略)身体が一回り大きくなりパワーもついたが、オーバースイングになることなく、内からきれいにバットが出ており、両手のバランスがよい。反動をつける動きが小さく、ステップも慎重。それでいて凄い当たりで、フライの初速が違う。野手では大学トップか」と称賛の言葉が並んでいる。結局大山はこのシーズンでリーグ新記録となる8本塁打を放ち、チームは優勝を逃したものの大学日本代表にも選ばれている。
この年の8月27日に行われた高校日本代表と大学日本代表との試合でも4番、サードとして出場。高校日本代表は早川隆久(木更津総合・現楽天)、今井達也(作新学院・現西武)など登板した投手7人全員が後にプロ入りする豪華なメンバーだったが、大山は第3打席で島孝明(東海大市原望洋・元ロッテ)から右中間へスリーベースを放ち、早川と堀瑞輝(広島新庄・現日本ハム)から四球を選ぶなど貫禄を見せて、チームの勝利に貢献している。
ドラフト会議の時点では地方リーグの白鴎大所属で、全国大会出場経験もなかったことから1位指名に対する球団へのバッシングも多かったが、現在の活躍を見ればその指名を進言した金本知憲監督(当時)の判断は正しかったと言えるのではないだろうか。また、大山の活躍によってこれまで注目度の低かった、地方大学の野手にも注目が向くきっかけとなったことは確かである。奇跡の大逆転優勝に向けて、残りのシーズンも主砲として大活躍を見せてくれることを期待したい。
Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。