プロの世界に入り胸に抱き続けてきた2000安打の夢。夢はいつしか目標へと変わり、2021年9月4日、プロ20年目でついに現実のものとなった。常に黙々、淡々と。時には凄まじい集中力で近寄り難いほどのオーラを放つことさえある謹厳実直な野球への姿勢を貫く栗山巧。その陰には18年間ともに歩んだトレーナーの姿があった。怒濤のシーズンを終えた今、その揺るぎなき信念と肉体鍛錬に迫る。前編はこちら
『枝葉』は専門家に任せ、自分は『幹』を太くする
高校卒業後は、ドラフト4位指名で2002年に念願のプロ入りをかなえた栗山。プロ2年目のオフから、現在にいたる二人三脚での肉体づくりが始まった。
「打球を飛ばすために筋肉をつけるのではなく、あくまでもまず、怪我をしない、選手寿命が長く続けられる身体づくりを目指しました。当時クリは20歳で、まだ頭も柔らかく吸収力もすごかった。始めたタイミングもよかったと思います」
大川氏が行う「スロートレーニング」は、1970年代から広まったトレーニング法で、効率的(短時間)、効果的(筋肉に効きやすい)、安全(関節・靭帯に負担をかけない)という3つの特徴を持つ。このメニューをゆっくりと行うことで、怪我をしにくい強い身体をつくることができる。栗山は定期的に大川氏のもとへ通い、その効果は如実に現れた。
本格的にトレーニングを始めた3年目のシーズンは、2軍で結果を残し、最終戦で一軍デビュー。2007年からレギュラーを勝ち取り、’08年には最多安打のタイトルにも輝いた。’10年から’12年にかけ390試合連続フルイニング出場も記録。そして’21年の金字塔樹立と、死球による骨折を除いて大きな怪我なくキャリアアップできている。それは他でもない、地道なトレーニングと日々の練習の積み重ねによるものと栗山は振り返る。
「最初に目標を設定したとおり。まさに計画どおりにきています。僕の場合は、枝葉の部分に気を取られてしまうと、幹を太くするのは難しいのかなと思うんですよね。枝葉を頑張りすぎるとやっぱり続かないと思うし、今度はそっちが太くなりすぎて全体がフラフラしてしまうのかなと。だから、自分は幹の部分に専念して、枝葉のところは、それぞれ専門の人たちに任せるべきだと思うんです。なので、トレーニングに関しては、理論は理解しながら、メニューやインターバルなどは、すべて大川代表にお任せしています。代表をはじめ、信頼できる人が周りにいてくれることが、僕が仕事、野球を続けていくうえではとても大事なんです」
野球選手として真の価値は、35歳から決まる
勝負の世界で長く生き続けるもうひとつの鍵は、メンタルコントロールだろう。毎日結果が数字で表れるプロ野球だけに、特に状態が芳しくない時の気持ちの切り替えは選手にとって重要テーマである。
栗山は、入団してから野球ノートをつけている。それは、結果やトレーニング内容を書き込むものではなく、日記のように“その時の思い”を書き留めているという。
「毎日ではなくて、たまに書きたいと思う時に書いています。でも気がつけば20冊を超えましたね。調子が悪い時、悩んだ時に一気に見返すのですが、しばらく昔のものを読んでなくて、改めて読むと、気づきをもらえることもある。ただ、結局は同じことの繰り返し。今現在思ったり、悩んだりしていることと、昔悩んだことは、技術面も含め、ほぼ一緒なんです。だから、その課題を解決できるようやり続けるしかないと思いました」
あくなき向上心と真摯な野球への姿勢は、後輩選手たちのよき手本であり、憧れの的だ。だからこそ、栗山は生え抜き最年長選手として自らがすべき役割を自覚している。
「ライオンズで長くやることは、こんなに素晴らしいことだという希望のようなものを、僕の後ろ姿を見て、これからの選手たちに伝えたいです。ただ、伝え方は意識しています。特に歳の離れた若手選手と接する時は、できるだけ重い言葉にならないようにと思っています。僕のキャリアが上がるにつれ、ひとつの言葉で『栗山さんに言われたから』となってしまいがち。それによってその選手の行動が制限されてしまったり、考え方が偏ってしまったりというのがすごく嫌で。なので、聞き流すこともできるし、アドバイスとして取り入れることもできる言葉選びを心がけています」
昨シーズン、チームは最下位という屈辱を味わった。次こそ、悲願の日本一を果たすため、そして自身の進化のため、ひたすら大川氏とトレーニングに励んでいる。
「ここからが真の勝負どころ。一流といわれる先輩方の背中を見てきて、『35歳からどれだけできるかで、プロ野球選手としての真の価値が決まる』と思っています。この先、自分が納得してどこまでやれるか。それが今後どんな展開を迎えていくのか、自分でも本当に楽しみです。だからといって、やることは変わらないんですけどね」
栗山巧の3つの信条
1. 常に野球を中心に考える
人生の大半を注ぎこんでいる野球は、いわばライフワーク。プライベートの時間でも、根底には常に「野球が中心」という意識を持つ。
2. 野球に嘘をつかない
手を抜いたり、強がりも含めて野球には噓はつかない。「でけへんものはでけへんし、やらなあかんと思ったら、もっとやるだけ」。
3. 恩は倍以上にして返す
これまでの野球人生は、”してもらうこと”のほうが多かったと話す栗山。「いずれ必ず、してもらった以上のものをお返ししたい」。
Takumi Kuriyama
1983年兵庫県生まれ。ドラフト4位指名で2002年に、埼玉西武ライオンズ入団。ʼ07年レギュラーに定着し、ʼ08年最多安打のタイトル獲得。ʼ12年から5年間主将を務める。昨季にプロ野球史上54人目となる通算2000安打を達成。公式HPはこちら。
【インタビュー前編はこちら】