PERSON

2021.12.15

美術館さながらの自宅訪問!フィリップス日本代表・服部今日子【後編】

コンサルティングや投資ファンドのキャリアを積んできた女性が、アートの世界へ転身。老舗オークションハウスの日本オフィスを躍進へと導いた。その原動力は、直感を信じて突き進む度胸とアートへ注ぐ深い愛情にあったようだ。【前編はこちら!】

リビングに飾られたアートを一望できるソファ席は服部さん一番のお気に入りの場所。アート本を眺めリラックス。

気分が高揚するオークションの現場

小気味よく数字をコールする声が響き、やがてハンマーが振り下ろされ落札者が決定……。オークションの現場はニュースや映画の場面などで見知っているが、オークションハウスの人たちはそのほかの時間にどんな仕事をしているのか。

ハリー・フィリップス氏

右:会場でクライアントと電話をする服部さん。左:ハンマーを握るのはフィリップスの筆頭オークショニア、ヘンリー・ハイリー氏。

「基本はオークションへ向けての準備ですね。オークションは回数が多く、メインどころだけでもロンドンで年に3回、ニューヨークで2回、香港で2回。若手中心のセールなども入れるとコンテンポラリーアートオークションだけで1年に10回以上となります。コロナ禍になってからはオンラインセールも始めました。常に何かしらのオークションが控える状態なので、出品作品をいつも探しています。

買い手候補の開拓も同時進行で行っており、今度出品されるあの作品は、あの方が興味を持つんじゃないかと常に考えます。プライベートセールも重要な仕事で、オークション以外での売買のお手伝いもさせていただきます。人や作品が、立場や国境を超えてつながっていくのは見ていて楽しいもの。オークションの現場は気持ちが高揚するので何度経験してもドキドキしますね。長い時間をかけて出品に漕ぎつけた作品にどんな値がつくのか気が気ではありません。まれに値が思い通りつかないこともあり、その時の落胆たるや……。逆に予想を大きく上回った時の喜びはひとしおです」

自宅は好きなアートに囲まれた癒やしの空間

自宅にはアート仲間を招待、若手アーティストと積極的に交流している服部さん。現代アートをコレクションする醍醐味は、アーティストと直接交流できる点にもあるという。この日はセラミックを用いて作品を生みだす陶芸家の桑田卓郎氏が、ギャラリストらとともに服部邸へ来訪。

作品に込めた想いや背景を丁寧に聞き取り、作品への理解を深めている服部さんに対し、「こうして作品を日常の中に置いてくれて、時に茶事に使ってもらえたりもするのは、陶芸家としてとても嬉しいことです。ギャラリーや美術館に展示されている時とは、また違った見え方がして、新しい発見がありますね」と桑田氏。

Takuro kuwata

Takuro kuwata
1981年広島県生まれ。京都嵯峨芸術大学短期大学部を卒業後、2002年より陶芸家の財満進氏に師事。岐阜県に工房を構えながら世界各地で展覧会を開催する。

右上:購入したばかりの草間彌生作品を早速飾ってみる。右下:窓辺にはジェフ・クーンズやロバート・インディアナの小品が。本は、ジャンルではなくカバーの色合いを統一して配置。左上:佐藤允の作品。日本の若手アーティストを積極的に応援する。左下:草間彌生のトレードマークたるカボチャ柄ポーチ。身の回りのものを入れて持ち歩く。

右:部屋の隅には宮島達男の作品。左上:小品はサイドテーブルにディスプレイし、気分に合わせてレイアウトを変える。左下:頻繁にアート仲間を自宅に招き、アートに囲まれながらの食事会が開かれる。テーブルウェアもアーティスティック。

表舞台は華やかなオークションの世界、裏側は少々泥臭く、なかなかダイナミックな様子だ。

「面白い仕事ですよ。好きなアートに携われるのはもちろん、お客様も皆さん個性的ですし。オークションはチーム戦なので、グローバルで大きな学園祭をやっているようなところもある。これは天職かなと思っています」

幼い頃からアートと深く関わりオークションハウス代表に

思えばアートとの関わりは、小さいころから深かった服部さん。

「生まれは浜松ですが、中学からイギリスで、高校時代はオランダで過ごしたので、アートはいつも身近にありました」

ただしアート一辺倒ではなく、帰国して東京大学へ進学した時、専門に学んだのは経済だった。

「開発経済学を勉強していました。世の中の不平等を少しでも直したいと思っていたんです。大学院に進んでより勉強を進めようと思っていたころ、たまたまニューヨークでメトロポリタン美術館に入って、ルネサンス時代のイタリアンブルーの空が描かれた絵画を見て、『私はこういう世界が好きだった! 』とストンと。それで勉強はおいて、日本で外資系コンサルティング会社に就職しました」

数年後、仕事を通じてリクルート創業者で伝説の起業人、江副浩正氏と出会い、スカウトされる形で不動産業へ転職。一点モノを愛情こめて売る不動産の仕事は性に合っていたという。

「何十億という、大きな不動産の案件で、決済日に間に合いそうになくピンチに立った時、『勝つまでやれば勝つんですから。勝つまでやりなさい』と江副さんから夜中の2時か3時にかかってきた電話で言われたんです。終わってみたら当たり前のことだと思うのですが、とても心に残っていて。江副さんの下で働いて多くのことを学びました」

その後の不動産ファンドでの仕事も含め、実は現在の仕事でアートを扱うのと、かなり近い感覚があった。そして働き始めてからもアートを見る習慣は続いた。ある時コレクターから「作品を買うとアートの見方が変わるからとりあえず1点買ってみたら」と言われ、作品を購入してみた。

「最初に買ったのは、さわひらきさんの映像作品。家に置いて接すると、毎日見るわけですから美術館で見ているのとは明らかに違う。コレクションが増えると、一点ずつに買った時の思い出がついて回り、自分の思考や感情の軌跡が可視化できる感覚もあります」

オークションハウスの代表として気に留めていることは、あらゆる局面で正直でいることだという。

「オークションは予測できないことが起こります。そのため、今これを買ったほうがいい理由やリスクは、売主にも買主にもできるだけ包み隠さず伝える。一点の曇りでもあれば人にものを薦めることなんてできません。作品に関わるすべての人が幸せになるように。だってアートは楽しいものなんですから」

裏千家の稽古

仕事の合間を縫って裏千家の稽古に熱心に通う。茶道は日本の美に酔いしれる、学び多き時間である。

黒田泰蔵の茶器

故 黒田泰蔵の茶器。茶道具の色合いや質感の美しさに強く惹かれる。

 

服部今日子の3つの信条

1. 「正直」が基本

全方位に対してできるだけ正直に状況・情報を伝えながら事を進める。情報化社会たる現代には、隠し事などほぼ不可能。ならば最初から包み隠さずしておくのがいい。

2. 「好き」を大切に

好きなことだからこそ続けられるし、全力を注ぎこめる。そうでなければ持続力も瞬発力も発揮できない。幸いアートという「好き」に出逢えたので、それを広める仕事ができて幸せである。

3. 「一生懸命」やることを忘れない

一生懸命やらないと奇跡は起きない。最後まで諦めない。最後までやり続ければ、必ず結果はついてくると信じる。苦しい状況の時こそ最後まで粘ることが大切。

 

Kyoko Hattori

Kyoko Hattori
静岡県生まれ。東京大学を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに4年間勤務。その後、不動産デベロッパー、不動産投資ファンドに従事し、ヘッドハンターを経由して、2016年にフィリップス東京オフィスを立ち上げる。

TEXT=山内宏泰

PHOTOGRAPH=河内 彩

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