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2021.12.14

過去最高売上を達成したフィリップス日本代表・服部今日子の仕事術【前編】

コンサルティングや投資ファンドのキャリアを積んできた女性が、アートの世界へ転身。老舗オークションハウスの日本オフィスを躍進へと導いた。その原動力は、直感を信じて突き進む度胸とアートへ注ぐ深い愛情にあったようだ。

服部今日子氏

フィリップス東京オフィスのビューイングスペースで。背後の作品はCinga SAMSON《Ibhungane2》。

老舗オークションハウス、フィリップス・オークショニアズで取り組む、大胆かつ繊細な仕事

サザビーズ、クリスティーズと並ぶ世界三大オークションハウスの一つ、フィリップス・オークショニアズが東京オフィスを設立したのは2016年のこと。立ち上げのための人材を日本で探していた当時のCEOが、コレクターから「適任」と紹介されたのが服部今日子だった。

「当時はヘッドハンターとして仕事をしていたので『畑違い』ではあったんですが、フィリップスの本社があるロンドンに呼ばれて話をするうち、トントン拍子で代表を引き受けることに」

もともとアートは大好きで、時間を見つけては美術館やギャラリーへ足を運んでいた。現代アート作品を購入するコレクターとしても、その時点でキャリアは10年以上。ギャラリストやコレクター、アーティストらの知り合いも多くなじみある世界だったゆえ、臆せず飛びこんだ。

「フィリップスが扱う現代アートには、ポテンシャルもマーケットもしっかりあると実感していたので、心配はなかったですね。スタートアップをやってみたい気持ちもありましたし、当時のCEOのエドワード・ドルマンが日本のマーケットに対して理解があったのも大きかったです」

服部さんが舵をとって出航したフィリップス東京オフィスは順調に滑りだし、この5年間ずっと成長を続けた。’20年にはフィリップス日本を通じた売り上げが過去最高を記録。コロナ禍をものともしない伸びっぷり。どう辣腕を振るってきたのか。

「フィリップスのことは誰も知らない状態でのスタートだったので、当初は手探りでできることは何でもやっていました。幸いグローバルのサポートもあり、一生懸命やっていたら結果がついてきました。実際のところ成長の一番の理由は、私個人の力というより世の中の流れと合ったからだと思います。

日本のコンテンポラリーアートのマーケットは考えていた以上に深く、素晴らしいコレクターが多数いました。また、ここ数年、日本だけでなくアジア全体で急速に伸張していたので、いいタイミングで東京オフィスを立ち上げられたのが一番の要因といえます。

フィリップスは老舗のオークションハウスで幅広い活動をしてきましたが、近年はコンテンポラリーアートにフォーカスしており、デジタルのプラットフォームも含めビジネスの組み立てがマーケットにあっていると思います。オフィスも有楽町から六本木に移転しました。ここは森美術館やトップギャラリーが軒を連ねる、現代アートの一大拠点ですから」

エドワード・ドルマン氏

フィリップスエグゼクティブ・チェアマン
エドワード・ドルマン
クリスティーズのCEOとして11年間務めたのち、2014年にフィリップスのCEOとして入社。コンテンポラリーアートを中心とする戦略を立案する。現在はフィリップスのエグゼクティブ・チェアマンとして活躍。

それに対してエドワード・ドルマン氏は、服部さんのことを「クライアントから熱い信頼のある真のエキスパート」と話す。

「フィリップスは、今日子さんのような知識と経験を併せ持った方を日本代表に持つことができて、大変幸運に思います。彼女と初めて会った際、フィリップスのために素晴らしい仕事をしてくれるだろうとすぐに確信しました。コンテンポラリーアートへの見識の深さと溢れる情熱。長年にわたり主要な国際アートフェアやオークションを訪れる熱心さ。日本をはじめ、海外の市場の特性を理解しています。心から信頼できる、真のエキスパートです」

Art Priceのレポートによると、世界のコンテンポラリーアートのオークションマーケットは、’00年から今日までで約20倍に膨れ上がっている。オークションで扱われる美術品のうち、現代アートの占める割合は5割を超える。とりわけアジア地域での伸びは顕著であり、3割以上はアジアからの売上が占める。’16年時点で日本に拠点を置いたフィリップスの判断は、時宜(じぎ)にかなったものだったといえる。

Crab’s Claw Ginger Hawaii

フィリップスでは、世界的に注目される女性アーティストの作品も積極的に出品を行う。右:草間彌生に大きな影響を及ぼしたジョージア・オキーフの作品。Crab’s Claw Ginger Hawaii。左:草間彌生のSUMMER-STARS(QPTW)。

代表として心がけるのは、顧客の「好き」を知る努力

現代アートの流通の仕組みは、簡略化するとこうなっている。まずはアーティストが新作をつくる。その多くは契約しているプライマリーギャラリーで発表・販売され、売れた作品は人の手に渡る。その持ち主が手放すと、作品はアートマーケットに登場する。ここで売りたい人と新たに買いたい人の橋渡しをするのがオークションハウスだ。公に行われるオークション、つまり競りにかけたり、非公開の売買、すなわちプライベートセールを担ったりもする。

「オークションハウスは、オークションでできるだけ高値がつくよう手を尽くすのが仕事になります。そのためにはまずいい出品作を集めるのが重要。その点で東京オフィスには大きな期待がかかっています。日本はコレクションの歴史も長く、世界的に見ても目利きの作品が数多く存在。バブル経済時代に日本人が買った作品から、今のコンテンポラリーアート作品までクオリティの高いコレクションがあります。また日本人が持っている作品は大切に保管され状態がいいことが高く評価されているので、それらがマーケットに出れば、オークションの目玉になり得ます。このような作品を出品いただくために、出品をお考えのお客様にとって一番の提案をし、作品をフィリップスで扱わせていただけるよう、グローバルチームと一緒にプレゼンをします」

日本は作品の出品マーケットとしての重要性とともに、買い手としても大きな期待をされている。日本は買い手の人数でいえば、米国、中国などと比べ少ないものの、ここ数年でのマーケットの成長は大きい。

「ここ数年のコレクターの伸びは目覚ましい。経営者や起業家のコミュニティではアートに関心があるのが当たり前な雰囲気になっていて、皆で国内外のギャラリーやアートフェアに行くのがアクティビティのひとつとして定着しました。若い層のコレクターは、確実に増えていますし、世界的にもテイストメイカーとして期待されています。奈良美智さんや村上隆さん、草間彌生さんに杉本博司さん、五木田智央さんなど、グローバルに活躍し作品に高値がつく日本のアーティストが増えたのも、現代アートマーケットを身近に感じさせる一因です」

また本来の仕事とは少し逸脱するが、コレクター仲間を増やし、プロセスを含めてコレクションを楽しめるようサポートも行っている。

「アートは極めてパーソナルなものだと思うので、その方だけのオリジナルなコレクションをつくるお手伝いができたらと常々思っています。『マーケットを意識した有名なアーティスト』という基準で買っていると、金太郎飴のようなコレクションになってしまう。せっかくアート作品を持つのなら、ぜひその人らしいコレクションを築いてほしい。海外も含めて一緒に美術館やギャラリーへ行ったり、アーティストや他のコレクターと会う機会をつくったりと、オークション以外の場を私も一緒に楽しんでいます。そうするとだんだんその人の『好き』が見えてくる。

また東京オフィスではプライマリーギャラリーと一緒に日本人アーティストの展覧会やコレクション展なども開催し、少しでもアートの場を提供できるようにしています。オークションハウスの人間が本来そこまでする必要はないのかもしれませんが、その方が楽しいじゃないですか。コレクターが一人でも増えて、いいコレクションが世にひとつでも多く生まれれば、オークションハウスとしても望ましいことのはずだと」

【後編はこちら!】

 

急成長するフィリップスの3つの特徴

1. コンテンポラリーに特化した7部門でオークションを開催

アンティーク家具などを含む多くのカテゴリーを扱ってきたが、’14年にコンテンポラリーをキーワードにオークションを7カテゴリーに絞る改革を行った。

2. オンライン入札などデジタル戦略に注力

業界内で初めてスマートフォンからも入札できるよう整備。1回のオークションに50以上の国から入札することもあり、オークションを身近なものにした。

3. アジア市場を席捲、マーケットの拡大

’16年に香港にも拠点を設け、アジアのコレクターに注力。昨年度はコンテンポラリーアート部門だけで1億5200万ドルと同社過去最高額を売り上げた。

 

Kyoko Hattori

Kyoko Hattori
静岡県生まれ。東京大学を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに4年間勤務。その後、不動産デベロッパー、不動産投資ファンドに従事し、ヘッドハンターを経由して、2016年にフィリップス東京オフィスを立ち上げる。

TEXT=山内宏泰

PHOTOGRAPH=河内 彩

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