まだまだ先行きが見えない日々のなかでアスリートはどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「コロナ禍のアスリート」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。
35歳で迎える五輪シーズン
来年2月の北京五輪へと続く、スピードスケートの2021-'22シーズンが10月22日に始まる全日本距離別選手権で幕を開ける。女子500mで五輪連覇を目指す小平奈緒(35=相沢病院)は「私達は自分の生きざまをみていだたく機会が本当に少ない。五輪は人生の中で挑める数少ない舞台。東京五輪ではメディアを通じて様々な選手が躍動する姿を見させていただいた。心が熱い気持ちを引き継いで北京五輪シーズンに臨める実感はある」と新シーズンを走り出した。
'18年平昌五輪でスピードスケートの日本女子史上初の金メダルを獲得。一躍、時の人となったが、翌'18-'19年シーズンは調子を落とした。右股関節に違和感を発症した影響から'19年2月の世界距離別選手権で2位に終わり、女子500mの国内外での連勝が37でストップ。優勝を逃すのは'16年3月のW杯ヘーレンフェイン大会で8位になって以来、実に2年11ヵ月ぶりだった。'19-'20年シーズンには股関節の違和感が右から左に移行。'20年2月の世界距離別選手権では女王の座を奪還し「これでようやくゼロに戻れた」と安堵したが、プレ五輪イヤーの昨季は更なる試練が待っていた。
'20年11月の全日本選抜帯広大会で、同走した郷亜里砂(32=イヨテツク)に0秒02差で敗れてV逸。第2カーブ付近でバランスを崩して左手をリンクにつくミスが響いた。国内では'15年12月の全日本スプリント以来、4年11ヵ月ぶりの黒星。左股関節の違和感を解消する陸上トレーニングに専念するため、11月下旬から12月中旬は氷上から離れた。「感覚の違いに気づいて、ここで着手しなければいけないと思った」。シーズ途中にリンクに立たない異例の決断だった。
年末の全日本選手権で500mを本職としない高木美帆(27=日体大職)に敗れたが、年明けからは徐々に本来の滑りを取り戻していく。2月の全日本選抜長野大会をシーズンのベストタイムで制すると、3月の長根ファイナルも優勝。「自分のリズムは確実につかめてきている」と手応えを口にし、コロナ禍で海外を転戦できなかったシーズンを「今の私にはチャンスだった。変化していく体と向き合う時間をとることができて、変化に耳を傾けて修正を重ねることができた」と振り返った。
医療従事者への感謝を示すユニホーム
今季は4月に始動。7月までの4ヵ月間は「体の機能改善」「体力強化」「技術トレーニング」を3本柱に据えて、陸上トレーニングを行った。高い強度の練習を継続するために、リカバリーにフォーカス。睡眠、糖質の取り方、朝の代謝上げ方など自己管理を徹底した。妥協を許さない生活の中、趣味のコーヒーでリラックスするなど精神面の休息にも気を配った。
6月には長野県・菅平で17年連続で実施している標高差約900mを上る自転車の長距離走のタイムトライアルで、自己ベストを大幅更新した。既にベテランの域に達しているが「体力的な衰えは感じていない。自分の体の中で起きていることは可能性に満ちている」と強調。「コーヒーもエイジングすると焙煎したての時よりも少し丸みを増す。そういうイメージで、若い時はトゲがあったが、しなやかに弾力を持つ感じを氷の上で表現できるようになってきたと思う」とコーヒー通らしい言葉で年齢を重ねるメリットを表現する。
今季は医療従事者への感謝を示す青と白のユニホームでレースに臨む。昨季は台風被害を受けた長野県のリンゴ農家を勇気づけるためにリンゴ模様の赤ユニホームを着用。ウエアにメッセージを持たせることにこだわっており「今季は医療従事者に感謝を示すとされる青と、白衣の白がテーマ。病院に所属するアスリートとして思いを寄せて滑りたい」と視線を上げた。
「違和感があった昨季の記憶を塗り替えるのに少し時間がほしいというのはあるが、徐々に技術と記憶のすりあわせが噛み合ってきている感覚はある。シーズン初戦がどういう結果になるか分からないが、積み上げていく過程を大切にしながらシーズンを走り抜けたい」。35歳で迎える4年に1度の五輪シーズン。円熟味を増した滑りで、結果とともに自身の生きざまを表現することも追求している。