苦楽をともにした仲間、憧れのアートピース。椅子とは座るための単なる道具ではなく、その存在を紐解けば、人生の相棒とも呼べる存在であることがわかる。原田マハさんが愛でる一脚と、そのストーリーとは? 「最高の仕事を生む椅子」特集はこちら!
惹かれるのは背景にあるデザイナーの思いや時代性
「無類の椅子好き」と公言する作家・原田マハさん。東京、蓼科(たてしな)、パリに持つ制作拠点には、いくつもの名作椅子が並ぶ。なかでも、人生に「意外な経験をもたらしてくれる」というのが、ル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンが手がけた「LC4」と「LC2」だ。
LC4との出合いは16年前。作家デビューのきっかけとなった小説『カフーを待ちわびて』で、第一回日本ラブストーリー大賞を受賞した時だ。
「スポンサーのウェディング会社からの副賞がウェディングドレスだったので(笑)、既婚者だからと辞退したところ、代わりに届いたのが、その会社が輸入していたLC4だったんです」
実は原田さんの大学の卒業論文は「ル・コルビュジエの絵画論」。学生の頃、何度も見たあの椅子が、期せずして自分のものとなったのだ。
「運命的な出合いに驚きました。でもなぜこの椅子が私のもとに来たのか、改めて考えたんです。その時、まるで啓示のように『いずれ私はこの椅子にふさわしい家をつくる!』と心に決めました」
以来『楽園のカンヴァス』での山本周五郎賞受賞をはじめ、数々のベストセラーを創出。そして7年後、誓いどおりLC4のための蓼科の家が完成した。
「LC4は私の作家人生とともに歩んできた椅子なんです」
そしてLC2にも、ちょっとしたエピソードがある。海外の拠点とするパリで、執筆の合間に行くのが百貨店、ル・ボン・マルシェ。目当ては買い物だけでなく、店内の要所に置かれているLC2だ。
「身体を包みこむようなLC2に座るたびに、いつかこの椅子を迎えられるような部屋に住みたいと思っていました」
一昨年、それにふさわしい部屋を見つけ「いよいよだ」と決断。高価なため悩んだが、「アートだと思って買えばいい」という友人の言葉に背中を押され、「どうせなら全部を最上級にする!」と、座面やフレーム素材など、金額を度外視して自分好みの1脚をオーダーした。そして待つこと2ヵ月。新居に届いたLC2は、なぜか2脚!
「〝一生に1脚〞のつもりが、気づかず2脚オーダーしていたようで。とても得した気分になりました(笑)」と、思わぬ結末を今は楽しんでいる。
購入後すぐコロナ禍となり、座り心地を十分に堪能はしていないが「LC2がある部屋に帰るんだと思うだけで、豊かな気分になる」と再会を待ちわびる。
新刊ミステリー『リボルバー』でも椅子が大きな鍵となる
そんなパリで書かれたのが、ゴッホの死の謎に迫る新刊ミステリー『リボルバー』だ。舞台化も決まり、その脚本も手がけているが、実は舞台ではゴッホが描いた2枚の"椅子の絵"が大きな鍵になっているという。
「ライバルでもあり、友人でもあったゴッホとゴーギャンの心の距離感を象徴するのが、その椅子なんです」
1枚の絵から画家の心の声を読み取るように、原田さんにとって椅子とは「その背景に魅力を感じるもの」だという。
「デザイン以上に、椅子に込められたデザイナーの思いや時代性に惹かれます。インテリアの一部というより、そのクリエイターのスピリットと一緒に暮らすようなものだと思いますね」
作家人生の始まりを告げ、執筆意欲をかき立てたLC4、そして遠く離れたパリを、通過点ではなく戻るべき場所にしたLC2。運命的な出合いをした椅子が醸成する豊かな空間は、原田さんが紡ぎだす文章に、静かに、しかし確実に影響を与えているに違いない。
MAHA HARADA
1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。伊藤忠商事、森美術館などを経て、2006年に『カフーを待ちわびて』で小説家デビュー。著書に『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』ほか多数。