未知の出来事に対して判断し対応していくためには、「直感力」を磨くことが重要だと、棋士・羽生善治は言う。混迷極まる時代を生きる指針にもなる直感力の神髄を、稀代の勝負師である羽生善治の言葉から読み解く。
直感とは経験の蓄積から導きだされるもの
羽生氏には、ある局面で「この手しかない」とひらめく瞬間があるという。けれど、こうした直感は、何もないところから急に湧きでるわけではない。積み重ねた思考の束から最善の手を導きだす訓練を日々行うことで、脳の回路が鍛えられた結果なのだ。つまり直感とは、考え、模索し、努力したという経験があってこそ生まれるもの。そして、直感を信じ、実行してこそ、初めて有効になる。
余白がなければ直感は生まれない
「直感は、リラックスした状態で集中してこそ生まれます。なので私は、日常で『考えない』時間をつくるようにしています」。それは頭にある程度の余白がなければ、創造的な思考はもちろん、深い集中もできないという考えから。そこで行っているのが散歩。目的もなく街を歩くことで新しい発見があり、気分転換にもなるという。そんな“空白の時間”が、深い集中に備えるウォーミングアップになる。
道のりは振り返らない
「過去の対戦はあまり思い返しません。結果は変えられませんし、それに囚われていると次に進めないので」。羽生氏にとって大切なのは、その時点で何を得て達成しているかではなく、“進み続ける”こと。人は、歩んできた道のりが長ければ長いほど、何がしかの代償を求めがち。それが得られなかった場合、やる気を失い、足が止まる危険性も。歩み続けるには後ろではなく前を見る姿勢が必須なのだ。
他力を活かす
「対局中、相手の集中力によって自分の集中力が呼び起こされることがあります。脳が共感するというか、リズムが合い、相手の集中にのっていく感覚になるのです」。直感は自分ひとりで醸成するものではなく、相手の力を活かし、自分の力に変えることで磨かれるというわけだ。ライバルたちと切磋琢磨し、他者の新しい発想を柔軟に取り入れる。そうしたことも直感を磨くのに役立つのかもしれない。
「惑わされないという意志」も直感のひとつ
将棋の世界には「長考に好手なし」という言葉がある。それは、長く考えているのは、あれこれと迷い、選択や決断できないケースが少なくないからだとか。「私自身も、“今回はこの手でいこう”と、自分のなかに湧きあがる直感に従い、思い切りよく見切れる時のほうが調子がいいと実感しています」。自分の選択や決断を信じ、周りに惑わされない。そんな意志の強さもまた直感のひとつだといえよう。
ターニングポイントの認識が「あきらめない精神」を築く
自分が不利な場面を想定し、その状況を打破すべく、あれこれと手段を考える。それは「あきらめない精神」を築き、ターニングポイントを知る訓練になる。「勝敗を決める分岐点が認識できれば、その先あきらめずに頑張るべきか否かの判断が明快になり、必要な頑張りができると同時に、むだな粘りをしなくても済みます。単なる悪あがきは不健全ですし、不健全なことは長くは続きませんから」。
不安な時間への耐性を持つ
スランプが長く続くと、自分のやり方が間違っているのではと不安に襲われることもあるだろう。そこで助けになるのが、「このくらいの時間と労力を費やしたら、これができるようになった」という“経験のものさし”。「成果が出るようになるまでに必要な努力の量と質がなんとなく見極められるため、不安な時間への耐性になります」。経験のものさしは、焦らずに進むためのひとつの武器なのだ。
直感を信じることで未来は拓ける
不安定で不透明な時代だが、この先どうなるかわからないことに思い悩むより、目の前にあること、自分のなかで響くことに向き合っていく。それが羽生流。「その指針のひとつになるのが直感。直感とは迷いも悩みも起こりえない瞬間を捉えたものなので、そこに大きなヒントが隠れていることも多いと考えます。そのヒントを手がかりに進んだ先に、思いがけない展開や発見、未来があるのです」。
※『直感力』(PHP文庫)の内容を基に構成