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2020.09.03

人種差別への抗議という使命を自らに課した大坂なおみの覚悟【コロナ禍のアスリート】

約1年の延期が決まった東京五輪。本連載では、まだまだ先行きが見えないなかでメダルを目指すアスリートの思考や、大会開催に向けての舞台裏を追う。

「私はアスリートである前に黒人女性」

ボイコット表明後は携帯電話の電源をオフにした。想像を超える反響に「少し怖くなった」のが本音。テニス全米オープン(8月31日開幕、ニューヨーク)の前哨戦ウエスタン・アンド・サザン・オープンで、大坂なおみ(22=日清食品)が起こした大胆な行動が世界から注目を浴びた。

コロナ禍でツアーが中断していたため、ウエスタン・アンド・サザン・オープンは大坂にとって半年ぶりの公式戦だった。第4シードとして順調に勝ち上がり、4強入り。昨年10月の中国オープン以来のツアー制覇が視野に入ってきた準々決勝後に、周囲を驚かせる決断を下した。黒人男性銃撃事件への抗議を目的に、準決勝を棄権する意思を表明。自身のツイッターで「私はアスリートである前に黒人女性です。今はテニスを観るよりも、重要なことがあると思う」と発信した。

大坂の意思表明を受け、男女のツアーを統括するATPとWTA、全米協会も人種差別への抗議を示すため、27日は試合を実施せず、28日に再開すると発表。その上で大坂に大会参加の続行を要請した。大坂は自ら行動することで注目を集め、人種差別への議論が深まることを目的としていたため、大会中断で飛躍的に注目度が上がる中、ボイコットにこだわる理由はなくなった。棄権を撤回して、準決勝のコートに立った。

準決勝の入場時には人種差別に抗議するスローガン「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命も大事だ)」と記されたTシャツを着用。コートで無言の抗議を続けながら、エリーズ・メルテンス(24=ベルギー)を6-2、7-5のストレートで下した。左太腿裏に痛みが出たため、決勝は棄権。激動の大会を終え「エモーショナルな一週間だった。何が起きても好結果を出せる自信をつけられた」と実感を込めた。

結果的に撤回したとはいえ、ボイコット騒動はテニス界のレジェンドからも称賛を浴びた。女子ツアー創設メンバーの一人で全米オープンの会場名にもなっているビリー・ジーン・キングさん(76)は「勇敢でインパクト十分だった」と指摘。男子で4大大会優勝6回のボリス・ベッカー氏(52)は「人が肌の色で殺されるなんてとんでもない。スポーツや誰が勝ったかなんてことより大きな問題。スタンスを称える」と共感した。

ウエスタン・アンド・サザン・オープンから中1日で、大坂は全米オープンを迎えた。1回戦の入場時に「ブレオナ・テイラー」と記された黒いマスクを着用。3月に自宅に押し入ってきた警察官に射殺された黒人女性の名前だった。初戦突破後には「今大会は7つのマスクを準備している。決勝まで勝ち進んで皆さんにすべてを見てほしい」と宣言。7枚では(入れるべき)名前の数に十分じゃないことが悲しい」と表情を曇らせた。

米国では5月にミネソタ州で黒人男性が白人警官に首を圧迫されて死亡する事件が起き「ブラック・ライブズ・マター」の抗議デモが拡大した。大坂は事件後にミネソタ州でのデモに参加するなど、人種差別の撤廃を訴えてきた。自身も日清食品CMでのホワイトウォッシュ(非白人を白人のように描く)など差別的対応を受けた経験があり、コロナ禍のツアー中断により問題と積極的に向き合うようになった。アスリートは競技に集中すべきとの批判には「そのロジックならIKEAの従業員は家具の話ししか許されない」と反論する。

8月のツアー再開直後、大坂は「シャイであることをやめ、自分を表現することを恐れない。そうすることで、新しい発見やいろいろな出会いがあった。以前とは違う人間になれたと思う」と自粛期間中の収穫を語っている。全米オープンは2018年以来2年ぶりの優勝を懸けた戦い。加えて人種差別への抗議という使命を自らに課した。7枚のマスクとともに、頂点に立てば発信力が更に増すことは確実。社会を動かすためにも、これまで以上に大きな意味を持つグランドスラムになる。

TEXT=木本新也

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