世界的文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。作家のドリアン助川さんは言う。ゲーテの言葉は「太陽のように道を照らし、月のように名無者を慰める」と。雑誌『ゲーテ』2007年10月号に掲載した、今こそ読みたいゲーテの名言を再録する。
全体によって活気づこうと欲するなら、全体を極小のものの中にも看取しなければならない
――『ゲーテ格言集』より
活気のある人生を送りたいのなら、毎日の食べ物が重要だ。食べ物は肉体そのものとなるので、好きだからといって朝昼晩カツ丼ばかり食べていると、鈍重な腹を抱えることになる。人は食べ物の元の姿に近付いていくのだ。考えて食べた方がいい。一皿の料理に、この身体の基礎がある。
大金はたしかに魅力的だ。だが、儲けたいからといって、貨幣が経てきたルールを破れば社会から放逐される。株、投資、金銀、先物買い、PC自動トレーディングによるFX。貨幣が貨幣を生むかのような倒錯感がしばらく続いた。そして働くことの価値観が大きく揺らいだ。しかし、貨幣が根ざすところは実に単純なものだ。大昔から、人は喜んだ時や感謝した時、救われたような時にしか金を払わない。複雑な社会でそれが見えにくくなっているが、誰かに笑顔になってもらうこと。それしかない。そこで得られた百円玉に経済のすべてがある。
長い作品を書こうとして、それを一気呵成にできると信じるのは若い日々だけだ。どんな長編小説もたった一行の積み重ねでしかない。レンガのひとつ、つまり数枚の原稿用紙を書き上げるだけで一日は過ぎていく。いつ果てるともなき連続のなかの一日。若いとは言われなくなってから、そのことの値打ちがだんだんとわかってくる。長いものを仕上げようとはしない。今日の作品のなかに生きようとする。
どれだけの美辞麗句を盛ろうが、人の心を打つひとことにはかなわない。それはきっと計算や体裁からの言葉ではなく、生きている人間の、五臓六腑から出た言葉だ。ひとつの言葉によって救われる人もいれば、ひとつの言葉によって職を追われる人もいる。
生涯とは一日ずつの集大成である。今日一日をじっくり堪能すること。これが人生を味わうということだ。過去と未来は時間ではなく、それすらもまた今日の産物である。その今日を楽しむためには、まずこの一時間を充実させることだ。そのためにはこの一分、この一秒。
世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。宮沢賢治は『農民芸術概論網要』のなかでそう語った。逆もまた真なりで、まず私やあなたがそこそこ幸福でなければ、世界の幸福もあり得ない。
ひとつと全体。全体とひとつ。
――雑誌『ゲーテ』2007年10月号より
Durian Sukegawa
1962年東京都生まれ。作家、道化師。大学卒業後、放送作家などを経て'94年、バンド「叫ぶ詩人の会」でデビュー。'99年、バンド解散後に渡米し2002年に帰国後、詩や小説を執筆。2015年、著書『あん』が河瀬直美監督によって映画化され大ヒット。『メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか』『ピンザの島』『新宿の猫』『水辺のブッダ』など著書多数。昨年より明治学院大学国際学部教授に就任。