雄大な北アルプスの景観や最高の雪質など、自然環境に恵まれた長野・白馬。長い歴史に裏づけられた山岳文化を有する、クラシックなスキーリゾートは、令和の時代にどのような発展を遂げようとしているのか――。【特集 絶頂スキーリゾート】
白馬、山岳文化の進行形
白馬にスキーが伝来したのは、今からおよそ110年前。長い歴史と培われてきた文化を背景に、この地は国内外の数多くのスキーヤーを虜にしてきた。時代が移り変わる今、その現状と未来について、白馬で生まれ育った白馬村 村長・丸山俊郎氏と白馬村観光局事務局長・福島洋次郎氏に加え、白馬村をデジタル面から支える眞野克彦氏の3人が語り合った。
福島 白馬の魅力はまず3000m級の北アルプスが目の前にそびえ立つところです。その険しさはヨーロッパの名峰にも負けません。そのうえパウダースノーが毎日50〜60cmも降り積もる日本特有の気候でもあります。そしてスキーの文化や伝統が地元の人のライフスタイルに息づいている。だから、世界中のスキーリゾートを渡り歩いた人たちが、最終地点として白馬を選んだりするんです。
眞野 こうした恵まれた環境を背景に、湘南のサーファーたちが朝、波に乗ったあとに仕事をするように、白馬の人たちは山を滑ってから仕事場に向かってますよね。まさに、自然を感じながら仕事でもベストを追求するライフスタイルを実践できる場所だと思います。
丸山 もともと登山から始まった場所で、山岳ガイドが山登りに来た人を自分の家に泊めたことから、白馬は民宿発祥の地ともいわれています。私の実家も宿を営んでいますが、うちも含めて白馬では昔ながらの家庭的なおもてなしを大切にしている宿がほとんどなんですね。
福島 そのためか宿のオーナーなど地元の人たちと旅行者の距離が近い。一緒に滑りに行くこともよくありますし。そんな時に、例えば地元民がその日のコンディションからまだパウダースノーが残っている場所を推測して、そこに海外からの旅行者を連れて行くと感激してもらえる。こういう経験は他ではなかなかできないのかなと。
眞野 外国人旅行者にもそのようなホスピタリティを実現できる背景として、村として外国人に対する心理的なバリアが低いと感じます。丸山さんや福島さんもそうですが、白馬を牽引する立場の人たちに海外経験者が多く、構えることなくフラットに付き合えるのは、海外からの旅行者にとっても安心ですし、この地域の強みですね。
丸山 昔から英語を話せる人が多い土地柄ですが、それに加えて1998年の長野オリンピックの会場に選ばれたことで、海外の言語や文化に触れられたことも大きかったです。2016年には白馬高校に国際観光科が新設され、'22年9月には白馬インターナショナルスクールが開校するなど、より広い視野をもって活躍できる次世代の育成にも力を入れています。将来的にはこれまで以上に多様な人たちが旅行しやすかったり、暮らしやすい街になるはずです。
デジタル化による利便性の向上が鍵
丸山 白馬はホスピタリティのマインドは高いのですが、設備などのハード面や利便性にはまだまだ改善の余地があると感じます。滞在型のリゾートとして考えると、民宿のおもてなし精神は残したまま、デジタルを活用することで、旅行者がより快適に過ごせるよう変えていかなければいけません。
眞野 宿の例でいえば、予約受付などのお客様に対面しない仕事をどれだけデジタル化できるかが重要だと考えています。村内には今も予約を電話で受けて手書きで管理している宿もあります。これらを地域のデジタルプラットフォームに乗せて効率化すれば、目の前のお客様に向き合う付加価値の高いホスピタリティに使う時間が増え、白馬の宿の強みがより発揮できるだろうと思うんです。今後、プラットフォーム上で村独自の機能やコンテンツを提供することで、大手旅行サイトとは別の価値を提供できると考えています。
福島 デジタル化以外にもさまざまな観光アセットに関して設備投資が進んでいないため、それらを改善し、細い根っこを太くすることで安定性を強化することも必要だと感じます。
丸山 例えば八方尾根のスキー場にある村営の「八方池山荘」を改修する計画があります。冬はバックカントリーの拠点にして、夏は絶景を楽しめる世界でただひとつの場所にすべく、構想を練っている最中です。
福島 近い将来、レストランが充実したスキーイン・スキーアウトの滞在型ホテルができるかもしれませんが、一方で、夜は居酒屋に行くなど街で遊ぶことも楽しみのひとつです。
丸山 特に海外の方は夕食のつかないB&Bでの宿泊が多く、外食需要の高まりから、移住して飲食店を営む若者が増えました。白馬は夏場のアクティビティも充実しているので、冬以外もインバウンドを呼びこみ、一年を通してお店を経営できる環境を整えているところです。
福島 登山から始まった場所なので、スキーはもちろん、マウンテンバイクやSUPなど海でする以外のあらゆるアクティビティを年中楽しめるのが白馬本来の魅力ですよね。
丸山 冬の間だけバーを開いていた人が夏の楽しさを知って、通年営業するために移住するような例も増えています。関係人口だけでなく、人口自体が増えるのはありがたいですね。
眞野 北陸新幹線や道路の整備が進み、アクセスが改善しているので、私のように別の地域との2拠点生活を送っている人も多い。「白馬ノルウェービレッジ」という村のコワーキングスペースに行くと、そういう人たちがたくさんいます。
丸山 山岳文化に彩られたこれからの白馬にこそふさわしいのは、民宿で登山客をもてなしてきた山岳文化を象徴するような宿泊施設です。建材や調度品などに地元のものを使って、歴史や文化を感じてもらったり、地元で採れた野菜を使って、昔ながらの郷土料理を提供してもいいかもしれません。それでいてテクノロジーを駆使した利便性の高さも備えている。昔の登山客がそうだったように、旅行客に我が家に帰ってきたような気分になってもらえたら、時代が変われど、それがこの土地ならではのおもてなしなんです。
白馬を知るキーワード
民宿発祥の地
大正末期から昭和初期に白馬の山岳ガイドが登山客を自宅に泊めるようになると、1937年には山岳ガイドの自宅16戸で警察から正式に営業が認められた。これが民宿の発祥といわれている。
信州白馬八方温泉 しろうま荘
日本の民宿発祥の地として知られる旧細野集落の中心部にある近代和風旅館。アットホームなおもてなしで人気。北アルプスの眺望が感動的な広々とした窓を備えた客室や温泉などが、旅の疲れを癒やしてくれる。
白馬高校
今年で創立72年目を迎える県立校。実践的な英語力を土台に学ぶ国際観光科を2016年に設立。スキー部はこれまでに10名のオリンピック選手を輩出している。
白馬インターナショナルスクール
中高一貫の全寮制の学校。第一期生は海外生活の経験者や海外にルーツをもつ生徒など20人が入学した。SDGsの課題解決に貢献できる人材育成を目指す。
八方池山荘
標高1830mにある休憩や宿泊ができる村営施設。夏は八方尾根の自然研究路、冬はスキーやスノーボードのベースとして、年間を通して多くの人が訪れる。白馬三山や東の山並みが見られる絶景スポットでもある。
白馬ノルウェービレッジ
白馬ジャンプ競技場至近のコワーキングスペース。無料で誰でも利用でき、Wi-Fiも完備するライブラリーは、ワーケーションにも便利。